企業におけるAI活用の領域が広がっている。チャットボットや商品の需要予測など、さまざまな場面でAIが用いられるようになってきた。本田技研工業では、知的財産の権利を維持するか否かの判断にAIを活用することを試みた。2019年9月18日に開催されたRPAテクノロジーズの年次イベントで、本田技研の知的財産・標準化統括部 統括部長である別所弘和氏がその取り組みを紹介した。
世界で5万件の知財を保有
本田技研工業と言えば、4輪(自動車)、2輪(バイク)のグローバルメーカー、“世界のホンダ”として知られているが、その他にも耕運機や芝刈機などの「パワープロダクツ」も提供している。2018年度の販売台数は2輪が2014万台、4輪が527万台、パワープロダクツが630万台。海外拠点を北米、南米、欧州、アフリカ・中東、アジア・大洋州に6カ所設けており、累計販売台数3171万台のうち3000万台以上が海外での販売実績となっている。
本田技研が製造する製品ひとつひとつには、いくつもの知的財産が含まれている。特許や意匠は各国ごとに申請・登録しており、その数は2019年現在で約5万件にのぼる。本田技研の知的財産・標準化統括部の最大のミッションが、この5万件の知財のポートフォリオの構築・維持となっている。
近年、欧米の先進国の販売台数が伸び悩む一方で、中国やインドを筆頭とする新興国市場が拡大している。そのため、「知的財産のポートフォリオの組み方が複雑化している」(知的財産・標準化統括部 統括部長 別所弘和氏)(写真1)という。新興国は特許や意匠などの権利を取るのが大変で、維持するのも難しいという。一方で、模倣などのリスクが高いので、権利の必要性は高まっている。

特許や意匠などの権利を維持していくためには、各国の特許庁に毎年「年金」といわれる維持費を支払う必要がある。金額は国によって異なるが、約5万件ということになると、その年金コストは膨大だ。一方的に権利を増やし維持していくだけでは、コストは嵩む一方となる。
そこで知的財産・標準化統括部では毎年、本田技研が抱える約5万件の知的財産について権利の維持が必要か不要かの判断を行っている。特許には20年という期限が定められているが、年金は特許を維持している限り毎年支払う必要がある。期限前であっても不要な特許を捨てれば、その分コスト負担を減らすことができる。
2カ国の特許で権利の維持が必要なのは?
この捨てるか否かの判断が、非常に難しいという。同じ内容の知財であっても、国や時代によって状況や条件が異なるからだ。別所氏はひとつの例を示した(図1)。

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技術領域はスクーターのフレーム。対象国は、インドネシアと米国で、インドネシアは特許出願から15年目を迎えており、残り5年。米国は出願から7年目でまだ13年残っている。維持費用はインドネシアが50万円で米国が18万円。販売台数はインドネシアが5000台、米国が3000台となっている。
2カ国のうち1カ国の権利を捨てようと判断する必要があるとする。数字上は、販売台数以外は米国が優位に見える。しかし、結果的にはインドネシアが「必要」、米国が「不要」と判断された。その理由は、米国では目立った競合がいないのに対し、インドネシアでは、他の日本メーカーと熾烈なシェア争いをしていた。また、米国は模倣品が出たら裁判で訴えることができることも、「不要」と判断した材料のひとつとなった。
このように、明確に数字で示されるパラメーター以外にも、様々な要素を考慮して判断を下さなければならないので、知財ポートフォリオの構築・維持は難しいのだという。だからこそ、これまで人が判断するしかなかったといえる(図2)。

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棚卸は年4回行われ、1回あたり10日間かけて判断している。年間トータルで150名の作業が必要となっており、維持費用は数十億円かかっているという。複数の判断パラメーターから複雑な判断を下すのは、技術に相当詳しい担当者でも容易には行えず、マネージャーなどへの負担は増える一方だ。別所氏は、この権利の維持が必要、不要の判断にAIを活用したいと考えた。
別所氏のAI活用イメージとしては、AIと人間がハイブリッドで判断する形を描いていた。AIが100%判断するのではなく、AIがある程度の判断を行い、残りを人間が行う。AIの信頼度が上がれば閾値を上げ、人間の負担が下がるというものだ(図3)。複雑なパラメーターを組み合わせる知財の判断業務においては、人間が思考するには限界がある複雑な組み合わせをAIが行えるのは確かで、工数の大幅削減が期待できる。人間は、AIが取りこぼした分の数件を判断すればよく、集中して行えるので精度向上にもつながる。

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このような考えのもと、別所氏は様々なベンダーに相談したが、なかなか色好い返事は得られなかった。そんな中、「データさえあればできる」と答えたのがRPAテクノロジーズだったという。「それじゃあ、やろう」と実証に臨むことになった。
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