[麻生川静男の欧州ビジネスITトレンド]

ドイツAI国家戦略の影と希望─米国や中国に伍する日は来るのか?:第20回

2021年1月28日(木)麻生川 静男

2018年11月に「AI国家戦略 -AI Made in Germany-」を掲げてAI産業の発展に取り組むドイツだが、世界では米国や中国の後塵を拝している。本連載の第10回(関連記事:“AI先進7カ国”の活用成熟度でドイツはトップグループ評価も、現地報道から浮かび上がる「実態」は?)で取り上げたのが現在の実力だが、今回は現地メディア「t3n」に掲載された最新の記事から要点を紹介する。同記事は、中小企業への振興策やAIベンチャーの資金調達状況などから、ドイツのAI産業発展の期待と課題を指摘している。

コロナ不況対策で政府がAI関連に50億ユーロを投入

 2020年春、独財務大臣のオーラフ・ショルツ(Olaf Scholz)氏が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による深刻な経済停滞への対策として、大規模な景気刺激策を行うと発表した(その際、大規模を強調するのに“バズーカ”という言葉を使ったために、ショルツ大臣には“バズーカ男”というあだ名が付けられた)。

 同年6月に可決された予算案では、AI関連に50億ユーロ(約6500億円)が割り当てられ、研究者だけでなく、ベンチャーから大企業に至るまで政府の大盤振る舞いを評価し、期待が高まっていった。

 しかし一方では、他業種や他国と比較すると、この額でもまったく足りないという非難の声も挙がった。エネルギー会社の独オミクロン(Omikron)創業者のカルステン・クラウス(Carsten Kraus)氏は次のように指摘する。「水素エネルギー関連にはもっと多額の予算が配分されている。情報セキュリティの研究開発は、ドイツの今後の発展に欠かせないが、これはAIでなければ高度化できない。そうしたことを考えると、2025年まで総計で50億ユーロではなく、毎年50億ユーロを投資すべきだ」

 クラウス氏の指摘の背景には米国と中国のAIへの巨額な投資事情がある。アップル、アマゾン、マイクロソフト、フェイスブックなど、GAFAMと呼ばれる米国の巨大IT企業がAIに巨額の投資をしているのは有名な話だ。米国ではAIベンチャーも盛んであり、米国政府はAIに年間で40億ドルを投資する計画という。この金額には軍関係のAI投資は含まれていない。

 中国の場合は、2030年までにAI先進国になるという目標を数年前に発表し、ITベンチャーに多額の公的資金を投入し育成している。実際、全体でどの程度の投資金額になるのかは不明だが、天津市だけでも128億ユーロ(約1兆6000億円)をAIに投資しているという報告もあるぐらいだ。民間では、インターネット大手のアリババグループ(Alibaba Group)は160億ユーロ(約2兆62億円)の投資を計画しているという。

AI学術研究は世界トップクラス、ここに政府が後押し

 米中のこのような事情と比べると、ショルツ大臣のバズーカ砲がおもちゃの鉄砲に見えてくる。資金面の比較では、ドイツのAI振興政策はまったく足りないように思えるのだが、視点を変えると、ドイツのAI産業の将来については捨てたものではないことがわかる。

 ドイツ人工知能研究センター(DFKI:Deutsches Forschungszentrum für Künstliche Intelligenz、写真1)所長のアントニオ・クルガー(Antonio Kruger)氏は次のように指摘する。「米国と中国は、AIを活用したエンドユーザー向けのインターネットサービスで成功を収めたが、AIの適用範囲はそれだけではない。例えば、中小企業向けのシステムや、EU域内企業向けのビジネス用途のAIはまだまだ大きな市場として残されている。ここにチャンスがあると見ている」

写真1:ドイツ人工知能研究センター(DFKI)のカイザースラウテルン(Kaiserslautern)研究所(出典:DFKI)

 今後は、クルガー氏が挙げるような方面から、ドイツのAI産業が成長を遂げていくことが期待される。その根拠として挙げられるのがドイツの学術面の強さだ。

 AIに関する論文数でドイツは現在、世界5位である。2019年2月の時点で、AIに特化した学部と大学院はドイツ国内に75カ所もある。さらには、現在、AI研究は情報学科関連だけではなく、他の分野も巻き込んでいる。

 2020年7月にビーレフェルト大学(Universität Bielefeld)、パーダーボルン大学(Universität Paderborn)の両校が共同で設立したAI研究所には法学者、社会学者、経済学者も加わっている。これによって、早い段階から社会の実際的なAIニーズを多角的に検討し、実現可能なシナリオを描きつつあるという。

 独政府が2018年秋に発表したAI戦略では研究拠点の強化が謳われている。現在、AI関連の研究に携わる教授は200人いるが、さらに100人増員する計画だ。その内の30人は独政府が管轄するアレクサンダー・フォン・フンボルト財団(Die Alexander von Humboldt-Stiftung)の負担で外国人研究者を招聘するという。

 DFKI以外にも、ドイツの5つの大学(ベルリン、ドルトムント/ボン、ドレスデン/ライプチッヒ、ミュンヘン、チュービンゲン)に6カ所のコンピテンシーセンターが併設されている(ベルリン大学には2カ所ある)。政府は当初、2019年から2022年にかけて、これらのセンターの教育・研究に6400万ユーロ(約83億円)を拠出する予定だったが、2020年秋にそれを倍増すると決定した。またEUとしても、年間200億ユーロをAI関連に投資する。

 こんな動きもある。2020年7月、優秀な研究者を国家機関に囲い込む目的で、ドイツ連邦議会は、いわゆる「高給禁止法」を可決した。これは、国家機関から開発を請け負った団体・企業は雇用する研究者の給料を発注元の国家機関の研究者の給料より高くしてはならないというものである。つまり、必然的にGAFAMのような高い給料を出す会社はドイツの国家機関プロジェクトから締め出されることになる。

ドイツはすぐれたAI研究者を国家機関に囲い込む施策でGAFAMや中国などの海外勢に対抗する

●Next:Celonisに続けとドイツAIベンチャーが台頭、ただし課題も

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