[インタビュー]

渋谷区の“超DX”は「古き良き昭和の区役所に戻るため」!?─副区長兼CIOの澤田伸氏が語る区政改革の本質

2021年3月8日(月)Darsana

渋谷区はなぜ、民間企業でも実現できないような“超DX”とも言える大胆な改革を「変わるのが難しい」といわれる「お役所」で実現しているのでしょうか。また、改革はどのようなリーダーシップのもと、どのようなプロセスで進めているのでしょうか。改革の立役者である渋谷区副区長 澤田伸氏と、働き方改革の旗手、沢渡あまね氏との対談で明らかにします。
※本記事は、AnityAが運営するWebメディア「Darsana」が2021年2月2日に掲載した記事を転載したものです。

 「お役所仕事」という言葉を聞いて思い浮かぶのは、「融通が効かない」「形式にとらわれて変われない」「杓子定規な対応」といったイメージですが、その真逆を行く「超最先端の改革」で注目されているのが渋谷区役所です。

 「YOU MAKE SHIBUYA」というビジョンを掲げて、「渋谷区が目指す姿」を区民に共有するとともに、それを実現するための取り組みを加速させ、DXやIT化の推進を、「ビジョンを実現するための手段」として最大限に活用しているのです。

 ペーパーレスの推進やリモートワーク環境の導入、AIやRPAを使った効率化といった区役所内の改革を進めるとともに、区民が区役所に足を運ぶことなく、サービスを受けられる環境づくりを推進。民間企業とタッグを組んで実現した「住民票の写しをLINEで請求できるようにするサービス」は、その是非も含め、大きな話題になりました。

 渋谷区はなぜ、民間企業でも実現できないような“超DX”ともいえる大胆な改革を「変わるのが難しい」といわれる「お役所」で実現しているのでしょうか。また、改革はどのようなリーダーシップのもと、どのようなプロセスで進めているのでしょうか。改革の立役者である渋谷区副区長 澤田伸氏と、働き方改革の旗手、沢渡あまね氏との対談で明らかにします。

渋谷区にとって業務改革のためのDXは「もはや過去の話」

沢渡氏:澤田さんは現在、渋谷区の副区長としてITを活用した業務変革や行政サービス改革に取り組んでいらっしゃいます。もともとは民間に長くおられて、さまざまな企業で業務部門の立場からITを活用した課題解決や業務改革を実現してきたとお聞きしていますが、これまで「業務部門がリードするIT改革」というテーマにどのように取り組んできたのでしょうか?

写真1:渋谷区副区長兼CIO 澤田伸氏
1959年大阪市生まれ。1984年立教大学経済学部卒業後、飲料メーカーのマーケティング部門を経て、1992年より広告会社博報堂にて流通、情報通信、テーマパーク、キャラクターライセンス、金融クライアントなどを担当し、マーケティング・コミュニケーション全域のアカウントプランニング業務に数多く携わる。その後、2008年外資系アセットマネジメント企業において事業再生部門のマーケティングディレクター、2012年共通ポイントサービス企業のマーケティングサービス事業部門の執行責任者を経て、2015年10月より渋谷区副区長に就任

澤田氏:正直に申し上げると、「業務部門vs.IT部門」という構図はこれまでほとんど意識したことがありません。IT部門も業務部門の1つですし、組織全体としてビジョンやゴールがきちんと共有されていれば、組織間の不毛な対立や軋轢は起きないはずです。むしろ技術的な制約やバイアスに縛られない分、IT部門より業務部門の方がテクノロジーの活用に関して自由な発想が生まれやすいのかもしれません。

 私自身は特にIT活用や業務改革について特別なノウハウを持っているわけではなくて、「お客様第一主義」の立場に立って、お客様のためにサービスを設計して提供する「カスタマーサービスデザイン」の考えに基づいて行動しているだけです。役所にとってのお客さまは、「納税者である住民の方々」ですから、「住民の方々の困りごとや課題を解決するために、デジタルの力をどう活用できるのか?」ということを愚直に追及しているだけなんです。

沢渡氏:私もこれまで、さまざまな自治体や官公庁の方々から話を聞いてきましたが、行政はどうしても「目の前の課題を解決すること」に終始しがちで、長期的なビジョンに立ったイノベーティブな発想はなかなか生まれにくいことを実感しています。

澤田氏:私自身は、もともと長く民間企業で働いた後に行政に転身したのですが、行政と 民間の組織の間に、さほど大きな違いがあるとは思っていません。よく、「行政の組織はピラミッド型で、硬直化している」と言われますが、民間だってほとんどの大企業はピラミッド型組織ですから、民間から行政に転身した際も、さほど違和感を覚えることはありませんでした。

 実際、やっていることも、これまで民間で培ってきたマーケティング、ファイナンスの経験や知識を生かした課題解決ですから、民間企業でやってきたことと何ら、変わらないのです。具体的には、2015年10月に副区長に就任し、2016年度の予算編成に着手してすぐに、「区役所全体のコミュニケーション効率や業務生産性がとても低い」という課題に突き当たりました。

 そこで早速、業務生産性向上のためのICT投資を決めて、投資の根拠を示すためのROIの算出もきめ細かく行いました。また、職員の意識改革を促すために勉強会やセミナーなどを開いて、庁内の「変革のカルチャー」を少しずつ醸成していきました。

 2017年の時点では既に、AIチャットボットを導入して、生産性を劇的に向上させるための取り組みを始めていましたから、私たちにとってデジタルトランスフォーメーション(DX)は既に過去の出来事なんです。

沢渡氏:なるほど! 現在はどのような改革に力を入れているのでしょうか?

澤田氏:現在渋谷区では、DXの次に来る「UX」の実現に向けてさまざまな取り組みに着手しています。UXとは“Urban Transformation”の略称で、さまざまな民間事業者さんと手を組んで「都市全体をどのようにトランスフォームするか?」という課題に取り組んでいるのです。

 もちろん、これを実現するにはデジタルやデータの力が不可欠ですから、デジタルのさまざまな施策も引き続き進めていきますが、少なくとも「業務変革」という意味でのDXは既に2年前にほぼ完了していて、私たちにとってはもう過去の話なんです。

マイナンバー失敗の主因は「カスタマーサービスデザイン」の欠如

澤田氏:これまで行政がデジタル化やデータ活用に消極的だった理由の1つは、「データを公開すると、自分たちの政策の正当性が否定されかねないから」です。

 でも、私たちは今、「シティ・ダッシュボード」というサービスを通じて、行政データを広く一般に公開する仕組みの構築に着手しています。これが実現すれば、例えば「住民票の写しの取得において、ある出張所では1件当たりの住民負担コストが6000円掛かる一方で、徴収する手数料はわずか300円」といったように、行政サービスに掛かるコストや、そのために必要な費用の住民負担が一目で分かるようになります。

 こうした情報が、広く区民の皆さんの間で共有されるようになれば、自ずと行政サービスのオンライン化に対する理解が深まるだけでなく、従来型のお客様サービス窓口の在り方についても共通認識の中で議論を行うことが可能になるんです。

 一方、高齢者の方々の中には、デジタルに対してアレルギーを持つ方が多いのも事実です。そうした方々に対するケアが疎かにならないよう、65歳以上の高齢者の方々にスマートフォンを無料で貸与して、行政と通信事業者の協業により、 フルサポートで使い方を指南することでデジタルデバイドの解消事業を2021年4月スタートで開始予定です。こうして丁寧なサポートを提供する代わりに、スマートフォンの利用履歴のログデータを使わせていただき、 健康や生活サービスの改善などに生かしていく予定です。

写真2:作家/業務プロセス&オフィスコミュニケーション改善士 あまねキャリア工房 代表/なないろのはな取締役 沢渡あまね氏
日産自動車、NTTデータ、大手製薬会社などを経て、2014年秋より現業。経験部門は、広報・情報システム(ITサービスマネジメント)・ITアウトソーシングマネジメントなど。企業の業務プロセスやインターナルコミュニケーション改善の講演・コンサルティング・執筆活動などを行っている。300以上の企業・自治体などでワークスタイル変革、組織変革、マネジメント変革に取り組む。著書は『ここはウォーターフォール市、アジャイル町 ストーリーで学ぶアジャイルな組織のつくり方』(翔泳社刊)、『IT人材が輝く職場 ダメになる職場 問題構造を解き明かす』(日経BP刊)、『仕事ごっこ~その“あたりまえ”,いまどき必要ですか?』(技術評論社刊)など多数

沢渡氏:そうやって、あまねくすべての人々が当たり前のようにデジタルを活用できるようになって初めて、「ITが水道やガスのような社会インフラとして」広く使われるようになるのだと思います。

 私は、あらゆる社会課題を解決するための一丁目一番地は「ITのインフラ化」だと考えています。でも、なぜか日本の企業や組織のトップやマネジメント層は、ITを敬遠しがちなんですよね。どうしても「改革は進めよ、ただしITは除く」となってしまう。

澤田氏:首長に関して言えば、「いくらIT活用を謳っても選挙の票につながらない」のが一因だと思いますが、そこを変えていかなければなりませんね。

 もう1つの大きな問題は、国民全体にITの優れたユーザー体験を提供できていないことです。これまで「うわー、便利だな!」「これはすごいぞ!」という驚きや感動を与えられるような行政のICTサービスは、残念ながらほとんど存在しませんでした。

 それもそのはずで、大半のサービスは「行政側の 業務都合に合わせて設計されている」ので、ユーザーの立場に立ったUIやUXがまったく考慮されていないのです。マイナンバーなどはその典型的な例でしょう。

沢渡氏:マイナンバーはまさに失敗プロジェクトの典型ですよね。なぜ、マイナンバーはあのようなことになってしまったとお考えですか?

澤田氏:まず1つには、「物理カードに依存した仕組み」である点が挙げられます。そしてもう1つの問題が、「カスタマーサービスデザインの発想が決定的に欠けている」点です。

 サービスのオンライン化を謳っておきながら、結局は「紙の郵送」や「窓口での届け出」といったアナログのプロセスが入り込んでいて、End to Endのユーザー体験を意識したサービスデザインがまったくできていません。

 ここまで来ると誰の目にも サービスの欠陥 は明らかですから、然るべき人がきちんと ここまでのレビューをしっかり行った上で、課題を共有し、 今までの延長線上ではなく「未来を見据えたサービスデザイン」を実行すべきですね。そうしないと、このままずるずると負の遺産を貴重な税源で運用し続けることになってしまいますよね。

●Next:「昭和の古き良き役所」への回帰とは? 渋谷区の財政戦略とIT戦略

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※本記事は、AnityAが運営するWebメディア「Darsana」が2021年2月2日に掲載した記事を転載したものです。

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