[麻生川静男の欧州ビジネスITトレンド]

国家戦略としてAIに臨むアイルランド、知られざるAI強国の実力:第27回

2021年11月2日(火)麻生川 静男

北西ヨーロッパに位置するアイルランドは、以前から国家を挙げてIT産業を育成していることで有名である。2021年7月、同国はAI産業を支援する新たな国家戦略「AI - Here for Good」を発表した。新たな国家戦略によって、アイルランドがAIの技術・活用レベルを一段と上げて成長を遂げることが予想される。今回は、最近のドイツの現地記事からアイルランドが国を挙げて取り組むAI戦略とその成果についてお伝えする。報道を見るにドイツは、EUの一員としてアイルランドの急速な進展をドイツ産業界への危機と認識し、焦りを感じているようだ。

欧州で最も「AI従事者人口」が高いアイルランド

 最近のLinkedInの調査によると、アイルランドの労働人口あたりのAI関連従事者人口は欧州内では最高で、3.5%もいるという。ドイツでは0.8%しかおらず、この数の大きさがうかがえる。要因に、多くのITの先進企業がアイルランドに欧州の拠点を置き、大規模なデータセンターやビッグデータ解析センターを設置していることがある。ちなみに、同様の動きはフィンランド、キプロス、ルクセンブルク、スウェーデン、オランダなども見られるという。

 アイルランドがAIに関して先進的であるのは、何も最近の話ではない。ドイツのAIに特化したベンチャーキャピタル、Asgardの調査によると、アイルランドはすでに2017年時点で国の規模に不釣り合いなほどのAI企業が存在していたという。

 アイルランドが注力しているAIの適用対象は何か。公的研究機関のSFI(Science Foundation Ireland)によると、組織のデータドリブンなアプリケーションやシステムであるという。例えば、Insight Research Center for Data Analyticsという欧州最大級のデータ解析センターがこの国にある。同センターは、ビッグデータから有用な情報を取り出すという研究目標を掲げ、男女400人の研究者を擁し、1億ユーロ(約130億円)もの研究費が投じられている。80社以上の企業と関係を構築し、研究成果をビジネスに転換しようとしている。

 そして、巨額のベンチャーファンドがこの国のAIベンチャーを支援している。例えば、政府機関のEnterprise Ireland(アイルランド政府商務庁)は、ディープラーニングに特化したディープテック(注1)競争ベンチャーファンドとして500億円ものファンド資金を持つ。そして、DTIF(Disruptive Technologies Innovation Fund:革新技術イノベーションファンド)と共同でディープラーニング技術開発を資金面から強力にバックアップしている。

注1:ディープテック(Deep Tech)は、研究機関などで莫大な投資を行って研究開発を続けてきたものの、いまだ実用化に至っていないが、実用化されれば全世界に大きなインパクトをもたらしうる先進・先端技術のこと

 また、SFIから資金援助を受ける研究機関のADAPT(AI-Driven Digital Content Technology)は現在、アイルランドの首都ダブリンのトリニティカレッジに拠点を置き、大学の研究リソースを使って、デジタルコンテンツのAI解析技術の開発を進めている。

ダブリン発の主要AIスタートアップ

 このように、アイルランドは欧州におけるAI開発で先頭集団にいることは疑う余地がない。実際、ダブリンは欧州のAIのスタートアップハブのトップ10の内の1つに数えられている。その例をいくつか紹介しよう。

 農業では、HerdInsightsが先端農業技術のファーミング4.0(Farming 4.0)に取り組んでいる。牧場の乳牛にAIを搭載した首輪を付け、乳牛の行動や状態に関するデータを常時収集し、データセンターに送って蓄積・分析している。畜産農家はスマートフォンでいつでも家畜の健康状態や妊娠状態をチェックすることができる(図1)。

図1:HerdInsightsのファーミング4.0プロジェクト(出典:HerdInsights)
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 金融では、TerminusDB (旧社名:DataChemist) がAIを使って非定型なビッグデータをAIでデータクレンジング/マイニングするサービス「TerminusX」を運営している(画面1)。

画面1:TerminusXのダッシュボード画面(出典:TerminusDB)
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 医療では、Nuritas(ニュリタス、写真1)がAIとゲノム解析技術の組み合わせにより、今までになかったような効果を持つ自然由来の活性化ペプチドを開発。販売にまでこぎつけている。2021年4月には、日本の住友化学との協業を発表し、増え続ける世界人口を養うのに必要な食糧生産システムの持続的支援プロジェクトを開始している。

写真1:NuritasはAIを駆使してゲノム解析に取り組むアイルランドのAIベンチャーである(出典:Nuritas 公式YouTubeチャンネル)

 彼らAIベンチャーを技術面から支援しているのが、国立応用データ解析・AIセンターのCeADARだ。AIを使ってさらに効率的な意思決定支援を行い、競争優位を今後とも持続するための活動を続けている。

●Next:アイルランドが「AI強国」になった背景は? 日本には何が足りない?

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