[技術解説]

富士通流のジョブ型人事がもたらす、社員エンゲージメントの“遠心力”

ユーザー視点で富士通の戦略・経営改革を再検証する[後編]

2022年5月24日(火)田口 潤(IT Leaders編集部)

日本最大のIT企業である富士通。同社の近年の方向性に大きな疑問を持ち、改めて検証を試みている。[前編]何でもあるが、欲しいものは何もない─富士通は“創造なき破壊”への道を突き進むのかでは、パーパスの曖昧さとそこから生まれた社員に負担を強いるパーパスカービングの問題と、「Fujitsu Uvance」という企業ブランドやそれを取り巻く問題を指摘した。後編では、全社展開するジョブ型人事制度や、3年間で12人に増えた外部の経営幹部人材に関わる疑問を明らかにする。

[前編]何でもあるが、欲しいものは何もない─富士通は“創造なき破壊”への道を突き進むのか

 富士通は、自社の変革についてかなり積極的に情報発信を行っている。富士通トランスフォーメーション、略称“フジトラ”と称する業務やITの刷新(図1)、先頭ランナーの1社として導入を進めるジョブ型人事制度への移行、子会社群の整理再編、高度技術者を認定する「Global Fujitsu Distinguished Engineer」などである。しかし、これらの施策がきちっとした戦略的意図の下で推進・運用されているのかとなると怪しい。

図1:2020年10月、富士通は、“フジトラ”の一環で進めるデータドリブン経営について説明した。同社自身のデジタルトランスフォーメーション(DX)に1000億円超を投じるとした(出典:富士通)
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一般社員に拡大したジョブ型人事制度、だが……

 その筆頭格が、同社のジョブ型人事制度である。2019年6月、社長就任直前の時田隆仁氏からジョブ型の導入可能性を問われた常務・最高人事責任者(CHRO)の平松浩樹氏(当時は総務・人事本部長)は「1年でできます」と回答。10カ月後の2020年4月、約1万5000人の管理職を対象に導入した。2022年4月21日には、一般社員4万5000人もジョブ型に移行したと発表している(富士通グループの国内従業員数は8万人とされる。グループ企業はジョブ型移行の対象外の可能性がある)。

 だが、ことは企業の根幹の1つである人事制度をメンバーシップ型からジョブ型に移行させるという大変革だ。ジョブ型人事では経営・事業戦略に基づいて必要な組織や構成員の職務を明確にし、ジョブディスクリプション(Job Description:JD、職務記述)を策定。それに見合う人材を募集し、評価したうえで充てなければならない。給与体系も変わるうえ、JDの策定だけでも大変に思えるが、管理職だけとはいえ、10カ月でどうやって導入できたのか?

 実は、答えは簡単。経営・事業戦略や組織構成は既存を踏襲し、JDの策定も後回しにして、営業やマーケティングなどのロールと報酬に連動する7段階の職責を抽象的にまとめただけだったのだ。JDは2021年後半時点でも整備中であり、富士通の進めるジョブ型をそう呼ぶことは適切なのかどうか疑問だ。

 事実、4月21日のプレスリリースにはこう明記されている(画面1)。「従業員一人ひとりの職務内容について、期待する貢献や責任範囲を記載した『Job Description(職務記述書)』を作成」。字義どおりに解釈すると、富士通のジョブ型人事制度は一般のそれとは大きく異なる。JDが先にあって職務に人を充てるのがジョブ型人事の共通認識なのに、順番が逆なのである。

画面1:富士通のプレスリリースには「従業員一人ひとりの職務内容について、JDを作成」するとある(出典:富士通)
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「ジョブ型だから挑戦や成長を後押しする」わけではない

 それだけではない。同リリースには「(富士通のジョブ型人材マネジメントは)一人ひとりの職務の明確化と、職責の高さに応じた報酬により、従業員の主体的な挑戦と成長を後押しする制度」と書かれている。しかしジョブ型だから挑戦と成長を後押しできて、メンバーシップ型ではできないといったことはありえない。もしそうならとっくに日本もジョブ型人事が定着しているはずだし、欧米企業で昨今、従業員エンゲージメントが重視されることもないだろう。

 ここで表1を見てほしい。人事労務の専門家である濱口桂一郎氏(労働政策研究・研修機構労働政策研究所長)の著書『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書)から、ジョブ型とメンバーシップ型の特徴を抜き出したものである。

 これによればジョブ型では一部の上位層を除き、職務の査定は行われない。試用期間などを通じて職務に就く前に適否を判定するから必要がない。JDに書かれた任務を遂行できているかどうかはチェックするにせよ、それだけだという。同書を読むと「ジョブ型だから挑戦や成長を後押しする」ような事実はないことが分かる。

  メンバーシップ型 ジョブ型
概要 労働者は、会社組織のメンバーになる。就く職務は使用者の命令によって決まる。ある職務に必要な人員が減少した時、人員の職務は特定されていないので、他の職務に移動させて雇用を維持 労働者は、募集のある職務に就く。職務内容は雇用契約で規定される。ある職務に必要な人員が減少した時、その職務を担う人員に別の職務を命じることはできない。雇用契約の解除が自然
賃金 職務が特定されていないので職務に基づいて賃金を決めることは困難。無理に職務ごとに決めると、異動が困難になる。年功制には一定の合理性がある 職務(ジョブ)ごとに賃金が決まっている。これにより年齢や勤続年数と賃金は切り離され、同一労働であれば同一賃金にできる
職務査定 すべての人に査定がある。一部の上位層を除くと業績・成果は困難なので、潜在的な「能力」の評価とやる気などの情意評価が中心になる 職務に就く前に判定するので、一部の上位層を除き人事査定はない。したがって成果主義ではない。上位層は業績・成果を評価される
労使関係 団体交渉や労働協約では総人件費の増額(ベア)を交渉。労組は企業別に組織される 団体交渉や労働協約では職種ごとの賃金を交渉する。労組は職業もしくは産業別に組織される
欠員募集と新卒採用 新卒一括採用。会社のメンバーという位置づけのため、採用権限は人事部門にある 募集は常に具体的なポストの欠員募集。採用権限は各職場の管理者にあり、人事部門にはない
試用期間の目的 努力する意欲や、やる気を確認すると同時に、仕事の基本を教育する。やる気が見られなければ解雇 申告通りに職務・ジョブを遂行できるかどうか、仕事ぶりを確認する。仕事ができなければ解雇
採用の自由 企業の中で円滑な運営の妨げになるような行動、態度に出るおそれがないかを企業が調査することは、合理性がないとは言えない 採用の是非は、その職務、ジョブに適合する人かどうかという観点のみで判断される。年齢や性別、人種などを基準にするのは合理性がない

表1:人事制度におけるメンバーシップ型とジョブ型の特徴。『ジョブ型雇用社会とは何か』(濱口桂一郎著、岩波新書)を元に編集部が作成

 とはいえ、査定なしでも、何らかのスキルや資格を獲得すると職責や報酬のレベルが上がるようにすれば、挑戦や成長を促せる可能性はありえるかもしれない。しかし、仮にある人材がそのように行動したとしても、会社としては事業戦略や総人件費の問題があるので単純に上位に移行させることはできない。上位ポストが空けば応募できるにせよ、ジョブ型では例えば役職定年のような制度はないので、上位職に就きたければ転職するしかなくなってしまう。

 加えて言えば、現在担当している業務を持つ社員を一斉にジョブ型に移行させようとすると、よほど周到に準備を尽くさないかぎり、大きな混乱を来す。顧客対応や開発などの業務は継続性が求められるからだ。結局、富士通の新人事制度は日本以外の海外諸国における本来の意味でのジョブ型ではなく、日本風の、あるいはジョブ型に近い特色を持ったものといったところだろう。

 事実、やはりジョブ型人事制度に移行した日立製作所の場合、もっと多くの時間をかけている。始まりは2012年度。人材マネジメントをグローバル統合する方針へと舵を切り、それ以前から整備していたグローバルな社員コードを軸に、まず全社員の人材情報の一元化に着手した。2018年1月以降には米ワークデイ(Workday)のクラウドサービスを使った人材マネジメントシステムの全社導入を進めている。

 こうした準備のうえで、2017年から労使で20回ほどジョブ型人事制度に関する議論を重ねて必要性を共有し、ようやく2021年春に管理職、2022年夏に一般社員に適用する計画だ。日経の報道によると、一般社員については約450の職種で標準となる職務記述書を作成しており、社外にも公表するという。

 日立は、さらに新卒採用でもインターンシップの拡大などジョブ型への取り組みを進めている(同社のプレスリリース)。時間をかければよいわけではないが、富士通の発表内容を見るかぎりは準備不足の感は否めない。かつて失敗した成果主義の轍を、再び踏む可能性がある。

●Next:3年間で12人の外部人材を招聘、だがその人選は適切か?

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