[技術解説]

何でもあるが、欲しいものは何もない─富士通は“創造なき破壊”への道を突き進むのか

ユーザー視点で富士通の戦略・経営改革を再検証する[前編]

2022年5月17日(火)田口 潤(IT Leaders編集部)

日本最大のIT企業、富士通を長年注視してきたが、混迷の度合いが深まっているとしか思えない。依然として不鮮明な中核事業だけでなく、個々の社員にパーパス(存在意義)の明確化を強いるパーパスカービング、ジョブ型とは呼べないジョブ型人事制度の全社拡大、3年間で12人に増えた外部招聘人材など、社員エンゲージメントに遠心力が働く施策が目立つ。日本のコンピュータ業界を牽引してきた富士通が、「何でもあるが、欲しいものは何もない」企業になってしまう可能性が高まっている。前編・後編の2回にわたって改めて検証を試みる。

日本最大のIT企業はどこに向かう?─1年ぶりの検証

 やはり、どう考えてもおかしい。本誌は約1年前、富士通の経営戦略やさまざまな施策について、いくつかの問題を指摘した。抽象的で現実感に欠けるパーパスやジョブ型人事制度などである。

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[後編]ジョブ型人事など改革の成否は不透明、求めたい“富士通Way”の具体策

 それから1年、富士通のプレスリリースや説明会、イベントなどを見るに、「富士通がおかしい」という考えは確信に変わった。例えばIT大手として何を主力事業にするかは依然として曖昧だ。2022年4月の経営方針進捗レビューの会見で、社長の時田隆仁氏は、「お客様への価値創造」について説明した。

 内容は、(1)グローバルビジネス戦略の再構築、(2)国内での課題解決力強化、(3)顧客の事業の一層の安定化、(4)顧客のDXベストパートナーへの4項目だが、富士通自身の内部改革に関わる取り組みが主体となっている(図1)。具体的にどんなサービスを提供するか、顧客にとっての価値をどう生み出すのかといった説明はなかった。

図1:経営方針進捗レビューで示した「お客様への価値創造」の1つは、顧客の「DXベストパートナー」になること(出典:富士通)
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 一方で富士通は、「フジトラ」と称する同社自身の変革や「Fujitsu Uvance(ユーバンス)」という事業ブランド、経営幹部への外部人材の登用、研究開発の方針などをアピールしてきた。しかし、いずれも同社の内部改革であり、まだ顕著な成果は出ていない。結果としてIT/デジタル分野における富士通の存在感は薄まっている。2020年4月に管理職など幹部社員に適用し、この4月からは一般社員にも拡大したジョブ型人事制度も、かつての成果主義以上にこの会社を弱めてしまう可能性が高い。

 傍証の1つが、2022年初めに話題を集めた早期退職だ。50歳以上の幹部や再雇用人材が対象で、2022年3月末に3031人が退職した。本誌が得た情報では、割増金は最大48カ月と好条件。その費用650億円を積んだため、同社は2021年度の営業利益を2750億円から2100億円(前期比21.1%減)へと下方修正したほどだ。だが、なぜ2022年3月末なのか、ジョブ型人事制度への移行後に実施しなかったのか。

 というのも、ジョブ型人事は、年齢とは関係なく職務を明確にして適任者を充てる制度である。そうであれば会社が定めた職務に就いてもらったうえで、適合しなかった人材を教育し、あるいは「セルフ・プロデュース支援制度」(同社は早期退職をこう呼ぶ)で、転身を促すのが合理的ではないか。早期退職では、好条件であればあるほど優秀な人材が先に手を挙げる傾向があるとされるからなおさらである。

 それに、企業におけるDXの大前提であるレガシーシステムの刷新は、依然として多くの企業において重要なテーマだ。退職した3031人の中に元システムエンジニアだった人がどれだけ含まれるのか分からないが、レガシー刷新をこの人たちに担ってもらう手は打てなかったのか。デジタル化の波の中で、優秀な人材の取り合いになっていることを考えるとチグハグな感は否めない。

 これも含めて富士通の多くの施策は“迷走中”と表現するしかない。そこで、前回記事と一部重複するが、パーパス、事業戦略、ジョブ型人事制度などについて改めてチェックしてみる。

「パーパス」と「パーパスカービング」は適切か?

 迷走を示す最たるものの1つが、「パーパス(Purpose)」に関わる施策である。パーパスは、会社の存在意義や経営目標を明文化したもの。カリスマ性のある創業経営者なら、自身の存在や発言で求心力や方向性を保てる。しかし社歴を重ねると経営者は世代交代するし、規模が大きくなれば事業は複合的になる。必然的に存在意義や経営目標はあいまいになる。しかも今日では消費者などにも自社の存在意義を伝える必要も生じている。

 そこでパーパス、もしくはパーパス経営の出番だ。VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)と形容される、先が読めない社会・経済環境の中、パーパスの重要性が増すのは自然だし、富士通が先頭集団の1社として取り組んだのも評価されてしかるべきだろう。

 しかし、富士通のパーパスは「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、 世界をより持続可能にしていくこと」というもの(図2)。前半の「イノベーションによって社会の信頼」は、イノベーションと社会の信頼の因果関係が不明だし、イノベーションが何を意味するのか分からない。後半の「世界をより持続可能にする」に至っては、これを述語にした理由が不明である。持続可能=サステナビリティは前提であって目的にはなりにくいし、富士通の事業との関係が見えないからだ。

図2:富士通のパーパス(出典:富士通)

 言い換えると、従業員をはじめとするステークホルダーが腹落ちする形で会社の存在意義や提供価値を明文化したパーパスが望ましいが、そうなっていない。だからかどうかはともかく、富士通は「パーパスカービング」という手法を編み出した。カービング(Carving)は彫刻の意味で、「全社員が自分のパーパスを削り出して明確にし、会社のパーパスと結びつけ、その達成に向かう」と説明される。部署や組織についても、それぞれのパーパスをカービングするという。

 会社のパーパスが不鮮明なのを横に置いて、社員個人や組織のパーパスを掘り出すわけだ。必然的に、各部門や社員に負担をかけるし、読者は「自分のパーパスを明らかにして下さい」と言われて戸惑わないだろうか。筆者は「あなたは、何を、なぜ、やりたいのか」と聞かれると困ってしまう。会社勤めである以上は収入(お金)のためだし、やりたいことは時間と共に変わるからである。加えて自分の思いを表現すればよいわけではなく、会社のパーパスと結びつける必要もある。

 ちなみにパーパスカービングを英語・日本語でネット検索すると、富士通発の情報、または異なる分野の情報が見つかるくらいで、有意な情報はヒットしない。パーパス経営は海外発だとしても、パーパスカービングは違うようだ。

 では、どこから出てきたのか。「一人ひとりのパーパスからはじめる、これからの組織マネジメント。Purpose Carvingが持つ可能性とは?」を参照すると、源流は富士通のデザイン部門にある。独立企業だった富士通デザイン(当時)が2020年7月に本社に統合されるに際し、組織の方向性を模索。絵に描いたモチになりがちなデザイン部門のありたい姿を決めるよりも、個人の想いを尊重し合える状態を作ることがベターと考えたのがきっかけという。

 そこで個人をよりよく知るために「(最近、よく聞くようになった)ライフラインチャートを用いて、過去と現在についてヒアリングを行ったり、事前に準備した価値観リストから自分が大切にしているものを選んでもらったりと、さまざまな角度からその人の人となりに触れていきます」とある。これをワークショップ形式で実施し、個人のパーパスを言葉にまとめていく。

 だとしても、個人の価値観や想いをなぜ明らかにしないといけないのか、会社のパーパスが不鮮明な中で個人のパーパスを明らかにすることにどれだけの意味があるのかといった点には、疑問が残る。やはり会社のパーパスを理解したうえで、自分は何にどう貢献できるのかを考えて実行するのが王道ではと思えるが、ともあれ必ずしも生産的とは言えないパーパスカービングを全社員に求め(強い)ているのだ。仮にすぐれたデジタル人材がいたとして、富士通に入社するとパーパスカービングを求められると知れば躊躇するケースもあるのではないだろうか。

 ただし、問題の本質はパーパスカービングではない。そもそも会社のパーパスが分かりにくい(腹落ちしない)ことや、それを見直さずにパーパスの責任を個々の社員に転嫁していることにある。それにパーパスは社外のステークホルダーに向けた宣言でもある。取引先やパートナーなど社外にもパーパスカービングを求められるかどうか、考えなくても分かるはずだ。

●Next:「ITの会社からDXの会社へ」─転換宣言後の成果はどうなった?

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