[市場動向]

感じられなかった「デジタルビジネスの決め手」─富士通の“DX企業”宣言と新会社Ridgelinezの役割

「DX企業への変革に向けた取り組みに関する説明会」より

2020年3月17日(火)田口 潤(IT Leaders編集部)

2018年度の売上高が3兆9500億円、半導体やPC、スマートフォンを除いた法人向けシステム製品やソリューション提供だけでも3兆1237億円に上る──数字が示すように富士通はB2BのITサービス企業として日本最大であり、同社の方針や施策は多くの日本企業に影響を及ぼす。その富士通が2020年3月9日、デジタル事業に関する説明会を開催した。「意気込みは伝わるが、決め手に欠ける」というのが、参加してみての率直な印象だ。どういうことか、詳しくレポートする。

 2019年6月に時田隆仁氏(写真1)が社長に就任して以降、富士通は「IT企業からDX企業へ」というメッセージを打ち出すようになった。しかし、関連記事富士通・時田隆仁社長が語る、“営業利益率10%必達を宣言できる理由(クラウド Watch)をはじめとするインタビューや記事を読んでも、「IT企業からDX企業へ」の具体像は判然としない。

写真1:富士通 代表取締役社長の時田隆仁氏

 具体像が見えてこない理由は、同社のデジタルトランスフォーメーション(DX)のとらえ方にある。DXの本義は、「IoTやAI、ロボットなどがごく普通に使われるデジタル時代が到来しつつある。それ以前にできた企業文化や業務プロセス、製品やサービスなどは早晩、時代に合わなくなる。そこでデジタル時代に適合あるいは適応するよう、それらを変化・変質させる」といったことだ。言い換えれば、時代に適応するための複合的な取り組みや、結果として起きる現象などがDXであり、特定のモノやコトを意味しない。つまり「DXサポート企業」ならまだしも、「DX企業」という表現は成立しない。

 それでも時田社長が「IT企業からDX企業へ」を強調するのは、得意の受託開発や運用サービスを主体とする事業にどっぷり浸かっている富士通という巨大企業を、一刻も早くデジタル事業に方向転換させたいという意思(あるいは危機感)の表れととらえるべきだろう。それを対外的に示すため、同社は3月9日、「DX企業への変革に向けた取り組みに関する説明会」を開催した。

 このタイミングで富士通が何を語るのか、富士通が言う「DX企業」とは具体的にどんな姿なのか。日本のIT業界における存在の大きさはもちろん、他のIT企業やユーザー企業への波及効果もあるだけに、興味津々で参加した。印象を率直に言えば、「意気込みや意思は伝わってきたが、インパクトや決め手に欠ける」といったところである。なぜそうだったのか、説明会で語られた内容とともに説明しよう。

デジタル関連で利益率20%近くを目指す

 新型コロナウイルス問題があって、説明会はオンラインで行われた。説明に立った時田社長が最初に示した資料が図1。5GやAI、IoTなどのテクノロジーを活用して社会やビジネス、システムなどを進化させることを示したものだ。

 「富士通の強みは豊富な業種・業務ノウハウ。それをAIやIoTなどでいっそう強くする」と時田氏。ただ富士通のようなIT企業なら取り組んでいて当然と言え、このスライドはDXビジネスというより、デジタル化(Digitalization)ビジネスと呼ぶほうがフィットするだろう。

図1:富士通が目指すDXビジネス(出典:富士通)
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 次に示したのは成長目標(図2)である。「デジタル領域」の売上高を2018年の8300億円、2019年の9500億円から、2022年には1兆3000億円へと今後3年間で3500億円増やす意欲的な目標だ。これに対し「従来型IT」は2兆2000億円で横ばいなので、売上高に占めるデジタル領域の割合は37%にまで高まることになる。利益率10%の目標はデジタル領域も従来型ITも共通で、従来型ITについては国内事業の利益率改善と海外事業の拡大によって達成する。

図2:2022年に営業利益率10%を目指す(出典:富士通)
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 こうした目標の実現に向けて採った策が、次の2つである。

①外部から招聘した経営人材(現時点で4人)などによる富士通本体の変革
②「DXビジネスを加速する新会社」であるRidgelinez(リッジラインズ:山の稜線の意味)の設立

 なお、Ridgelinezの売り上げ目標は「2、3年のうちに200億円」であり、そこから富士通に1500億円程度の波及効果を見込んでいるが、上記の3500億円はあくまで富士通本体の売り上げ目標である。次にそれぞれについて、説明内容を見ていく。

招聘した人材は富士通を変革できるか?

 まず、①について、時田氏が自身の説明の後半で4人のプロフィールを紹介し、うち3人が簡潔にコメントした(写真2)。登壇しなかったのは、NTTデータ グローバルソリューションズ社長や印インフォシス日本代表を経て、2019年8月にテクノロジーソリューション部門の理事に就任した大西俊介氏だ。就任が昨年なのと、「グローバルに通用する品質とデリバリー能力をさらに強化」(富士通の資料)という大西氏の役割は今回の説明会の趣旨と直結しないからと見られる。以下、他の3人の役職・略歴とコメントの要約を登壇順に示す。

写真2:豊富なマネジメント実績を持つ人材が富士通の経営に参加する。左から、ニコラス・フレイザー氏、山本多絵子氏、福田譲氏

ニコラス・フレイザー(Nicholas Fraser)氏:M&A戦略担当、理事

略歴:金融関係を経て2010年にアクセンチュアベトナムのカントリーマネジャーに就任。2011年には同社アジア太平洋と中東におけるM&Aのトップに。2017年、マッキンゼーに移り、アライアンス&買収担当のグローバルディレクターに就任。

 私の情熱はM&Aにある。直前はロンドンでのマッキンゼー、オーストラリアでのアクセンチュアでM&Aに取り組んできた。以前は金融業界に身を置いていて、8カ国で仕事をし、日本に住んでいた時期もある。Ridgelinezの設立は富士通にとって、DXを加速する点でエキサイティングだ。M&Aはそのためのツールに、同社の成長を加速させるツールになる。ワールドクラスのチーム作りをし、戦略を策定し、プロセスを確立し、事業の変革を加速させるツールとしてM&Aを推進する。

山本多絵子氏:CMO、理事

略歴:1987年、三菱商事に入社。日本マイクロソフト、日本IBMなどを経て2013年、日本マイクロソフトの執行役員エンタープライズマーケティング本部長。2017年に業務執行役員パートナー事業本部パートナーマーケティング統括本部長に就任。

 2つの優先事項を説明したい。1つはブランディングである。富士通の認知度は高いが、DX企業やグローバル企業という点では、実力を認知度に反映できていない。今日の顧客企業はネットを通じてベストなソリューションを世界中から購入するが、そのとき購入先企業の倫理観、価値観を重視する。従来のマーケティングでは不十分であり、富士通の企業理念に沿って一貫したブランド、メッセージを発信する。もう1つは、マーケティングにサイエンスを取り込むこと。テクノロジーカンパニーである富士通には最先端のマーケティングを担えるエンジニアがいる。ショーケースにできるようなマーケティングに取り組みたい。

福田譲氏:CIO兼CDXO補佐、執行役員常務

略歴:1997年、SAPジャパン入社。プロセス産業や流通・サービス産業の営業部長などを歴任し、2007年、バイスプレジデント ビジネスプロセスプラットフォーム本部長、第二営業統括本部長を経て、2014年に同社社長に就任。

 ビジネスのルールが変わり、業種の垣根もなくなるのが今の時代だ。デジタル変革とはITの話ではなく、企業の存在意義を今一度問い直す経営のイニシアティブだと考えている。そこで(富士通のCIO兼CDXO補佐として)事業のやり方を組み直していく。10年前と今を比べると、個人の生活スタイルは大きく変わった。これからの10年は仕事のスタイルが大きく変わる。この点で富士通はデジタル時代のプロセス、働き方、事業運営のあり方を自ら実践し、世に示したい。AI、ロボティックス、データドリブン時代の企業のあり方などに富士通自身が取り組んでいく。

 それぞれの人材がどう活躍するか、富士通という大企業にどんな変化をもたらすのかは、現時点では未知数だが、道のりは決して平坦ではないと見られる。単純に考えても各氏がキャリアを築いてきたグローバル企業やその日本法人と、富士通との違いは大きい。事業構造や収益源である商品・サービスの特徴、顧客との力関係、人事制度や組織体制などからくる企業風土などである。そのため外資系企業の要職に就いて活躍した人材であっても、富士通で実力を発揮できるとはかぎらない。

 筆者の周囲に聞いても、「タレント(人材)先行よりも、まず人事評価の仕組みや透明性の徹底などをすべきだったのでは?」や、「(事業変革に苦闘している)パナソニックと同じ轍(てつ)を踏もうとしているように見える」といった声が上がる。もっとも時田氏はじめ富士通の経営陣からすれば承知の上のことだろうし、「M&Aもマーケティングも社内システムも、やるべきことができていなかった。できるだけ早く世の中の水準、グローバルIT企業の水準に近づけたい。そのために実績を有する外部人材が必要だった」ということかもしれない。

●Next:明らかになったDX特化の新会社Ridgelinezの「中身」、しかし……

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