[市場動向]

ジョブ型人事など改革の成否は不透明、求めたい“富士通Way”の具体策

ユーザーのDX支援に資する改革かどうか、その中身を検証する[後編]

2021年3月23日(火)田口 潤(IT Leaders編集部)

「富士通の現実と期待」の後編ではまず、企業文化の根幹の1つを成す人事制度への取り組みに注目した。同社はそれを日本で一般的なメンバーシップ型から欧米で多いジョブ型に転換しようとしている。並行して、ポジションに就く人材を公募する「ポスティング制度」も取り入れた。しかし、これらが目論見どおりの効果を発揮するかは不透明で、むしろ逆効果になる恐れもある。それ以前に富士通には、デジタル時代の事業ポートフォリオをどうするのか、何を顧客への提供価値とするのかなど、“富士通Way”の根幹を明確に語ってほしい。

●[前編]はこちら:時宜にかなうテック企業か、それともレガシーSI企業か? 国内最大のIT企業、富士通の向かう先

 前編では、富士通の企業メッセージや急ピッチで進める組織改革などを確認した。同社は、それらと並行して人事制度の改革を進めている。日本で一般的なメンバーシップ型から米国企業などに多いとされるジョブ型への移行である。

 日経の特集記事によると、きっかけは、2019年6月に「これまでの延長線ではダメだ。人事を根本から変えないと富士通は変わらない。そのためにジョブ型を導入できないだろうか」と、時田隆仁社長が総務・人事本部長の平松浩樹常務に問いかけたことだった。平松氏は「1年でできます。そのために長年研究してきましたから」と応じ、実際、2020年4月に1万5000人の管理職を対象にジョブ型への移行に踏み切った。数年かけて一般の社員も移行する計画である(図1)。

図1:富士通のジョブ型人事制度導入の取り組みを執行役員常務 総務・人事本部長の平松浩樹氏が説明した(出典:富士通)
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デジタル時代においてジョブ型人事の魅力は大きい

 ここで言うメンバーシップ型とは、「人に仕事をつける」スタイルの人事制度のこと。日本では当たり前のやり方であり、就業経験がない新卒者を採用し、適切な部署に配属して仕事を割り振る。当初はパフォーマンスが低くても長期雇用(終身雇用)を前提に経験を積んでいく。仮に担当する事業や仕事がなくなっても別の仕事が与えられるので、雇用は安定する。会社側にとっても人員を柔軟に配置替えしやすいメリットがある。

 しかし、ビジネスやテクノロジーが複雑・細分化・高度化する中、社員には専門性や高いスキルが求められるようになった。社員個々人が自発的に専門性を磨くようにする必要がある。しかしながら、現実は必ずしもそうなっていない。情報推進機構(IPA)の年次調査「IT人材白書2020」から引用した図2の「IT従事者の自主的な学習状況」のグラフが示すとおりだ。すべてメンバーシップ型のせいとはかぎらないが、何らかの変革は急務である。

図2:IT従事者の自主的な学習状況(出典:IT人材白書2020)
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写真1:「内側から見た富士通『成果主義』の崩壊」。著者の城繁幸氏は富士通の人事部に長年携わり、退職した年に同書を書き上げたという

 加えて富士通の場合、メンバーシップ型における成果主義の人事制度がさまざまな問題を引き起こしていたとされる。ベストセラーとなった書籍「内側から見た富士通『成果主義』の崩壊」(城繁幸著、光文社、2004年、写真1)は、そのさまを詳細に取り上げており、例えば「成果を挙げるために営業部門が富士通の製品ではなく、(売りやすい)他社の製品を売ることがあった」という。ただ同書は成果主義そのものを批判しているわけではない。取り入れた企業の運用や適用の仕方を問題視している点に注意が必要だ。

 富士通でも同書が発行された2004年以降、多くの見直しがあっただろうが、大きくは変わらなかった。そこで「仕事に人をつける」スタイルのジョブ型人事制度である。ジョブ型では職務の内容や求めるスキルレベルをまとめた職務記述(ジョブディスクリプション)を定め、人材を採用したり、異動させたりする際に提示。その職務記述に合う人材を採用したり職務につけたりする。

表1:メンバーシップ型人事制度とジョブ型人事制度の比較
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 表1に、メンバーシップ型人事とジョブ型人事の比較を示した。企業・組織からすれば求めるスキルを備えた即戦力人材を確保できるし、社員にとっては昇進や昇級するために身につけるべきスキルが明確になり、目指す仕事の職務記述を満たせるようにスキル向上に励むなど、専門性を高めやすいメリットがある。ただし実際にはメンバーシップ型とジョブ型は、このような2項対立の関係ばかりではないし、ジョブ型に移行するだけで問題の何かが解決できることはない。

 加えてジョブ型は仕事がなくなった際に配置転換ではなく、解雇(レイオフ)が前提だ。そのため日本の労働法制や解雇規制、転職市場の小ささなどが、ジョブ型が普及する障害になる。富士通の場合、3万人以上の社員がいる社内で配置転換できることもあって、ジョブ型に舵を切ったようだ。

わずか10カ月でジョブ型へ移行、日立は4年以上

 是非をどうこう言うのは時期尚早だが、富士通の取り組みには素朴な疑問がある。例えば、1年にも満たない準備期間の短さと職務記述の方法だ。ジョブ型では通常、まず事業戦略(計画)があり、それを実現(遂行)するための組織形態や必要な職務(スキルセット)、人員数を決めていく。言い換えれば、いきなり職務定義を作成できず、事業計画をもとにスキルセットや人員数を棚卸ししなければならない。当然、それには相当の時間がかかるはずである。

 ところが富士通では管理職限定とはいえ、ジョブ型への移行決定が2019年6月で実施は2020年4月と、その間はわずか10カ月でしかない。しかも後述するが、事業と直結する組織改革が現在進行形であり、必要なポストや職種、職務が決まっているとは考えにくい。つまり大きな変更の割に準備期間が短すぎるし、組織改革とタイミングが不整合なのだ。

 一方、2020年7月の働き方改革に関する記者説明会において、平松氏は職務記述作成に関してこう説明した。「富士通では職務記述をジョブプロファイルと呼ぶ。本人が作ると甘くなるので上司や人事、外部コンサルも入って、世の中と比べて適切か否かを勘案しながら作っている」。

 また「どれくらいの職種があり、職務定義をしているのか」という質問に対しては、「まさに今作業中。基本的なファンクションとグレードに応じたひな形はあるが、1万5000のポジション毎に、ジョブを記述していくことになる」と回答。事業計画や戦略に基づくのではなく、現状(当時)の管理職の仕事を前提にした職務記述を、管理職本人が主体になって行っているようなのである。

 しかし同じくジョブ型への移行を進めている日立製作所の場合、「2017年から労使で20回近い議論を重ね、ジョブ型の必要性を共有。2021年9月にはすべてのポストの職務定義書が完成する」(中畑英信執行役専務/CHRO、2021年3月6日付け日本経済新聞による)。この発言から、きっちり時間をかけていることが分かる。加えて日立は、米国を中心にグローバルで広く普及しているHCM/タレントマネジメントSaaSの「Workday」を採用。本社と海外拠点の5万人(当時)を対象に2018年1月より運用している。

 迅速さも重要なので富士通と日立のどちらがどうと評価できないが、問われるのは「人事を根本から変えないと富士通は変わらない。そのためにジョブ型を導入する」という、意思決定そのものかもしれない。メンバーシップ型やジョブ型といった大枠の人事制度を変えたところでさまざまなことがよくなるわけではなく、社員のやる気を引き出し納得感のあるオープンで透明性のある人事評価や業績評価が、本質であるはずだからだ。

●Next:肝心の事業計画はどうか、筆者が富士通に最も求めたいこと

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