[市場動向]
時宜にかなうテック企業か、それともレガシーSI企業か? 国内最大のIT企業、富士通の向かう先
2021年3月18日(木)田口 潤(IT Leaders編集部)
日本最大のIT企業である富士通。2019年6月に就任した時田隆仁社長の下で、さまざまな改革を急ピッチで進めている。“パーパス”に基づく新経営方針、富士通Japanの設立、SI子会社の合併統合、人事制度の抜本見直しなどだ。しかし中身を知れば知るほど、この改革は奏功するのか、結果同社がどんな事業を主力とするのかが見えなくなっていく。改革の背景には急速に進むデジタル化の潮流があるが、それに背を向けた内向きの改革にも思えるのだ。前・後編の2回にわたって検証を試みる。
2021年2月中旬、日本経済新聞の朝刊で5回にわたり、「富士通、再起動なるか」という記事が掲載された。読んだ読者はおられるだろうか。各回のタイトルを列挙する。
第1回 もがく富士通、背水の改革
第2回 富士通、早すぎた成果主義 敗北を抱きしめて
第3回 富士通、次代を担う5G事業 率いるはジョブ型1号
第4回 異端の出島集団 富士通、舶来品で描く「未来予想図」
第5回 富士通に集う外資系人材 野武士が変える
興味津々で読んだが、いささか期待外れだった。例えば、タイトルだけでは分かりにくいが、コンサルティング会社のRidgelinez(リッジラインズ)を取り上げた第4回。“異端の出島集団”や“舶来品”、“未来予想図”といった言葉から想像できるように日経にしては切れ味に欠け、ズバリ斬り込む記事ではなかったからだ。他の回も同様であり、連載タイトルの「再起動なるか」とはズレがあると感じた。長年、富士通の動きをウォッチし、まさに「再起動なるか」をずっと注視してきた筆者の正直な感想だ。
実のところ、筆者は富士通に大いに期待している。駆け出しの記者時代に同社の技術者や幹部の方々に色々と教わったことが大きいが、それだけではない。日本最大のIT企業であり、スパコンの「京」「富岳」に代表される技術力もあるだけに、同社がどんな方向に向かうのかは日本全体のデジタル化や、その先にあるデジタルトランスフォーメーションに大きな影響を及ぼすからである。
このところの富士通のメッセージや打ち手が不鮮明で、目指す方向が見えにくくなっている。デジタル化が急進展する中で存在感を失い、「エンタープライズITの巨人も時代に取り残されたか」と揶揄される米IBMのほうが、戦略面でははるかに分かりやすい。
なぜ、そう思うのか? 「パーパス」や「DX企業」といった今の富士通が発するメッセージと、急ピッチで進む組織変革、それにジョブ型人事制度やポスティング制度などについて見ていき、確かめてみたい。
富士通の“パーパス”、この抽象度の高さで理解できるか?
まず、富士通の言う“パーパス”とは何を指しているのか。言葉としてはPurpose(目的、目標、狙い)であり、別の表現をすると経営理念や存在意義になるだろう。「会社は何のために存在しているのか?」という問いへの回答だ。
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2020年7月1日発表のプレスリリースに、パーパスは「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」とある(図1)。読者は、自分が勤務する会社がそのように言ったとき、納得できるだろうか? 筆者には引っかかる。「社会に信頼」や「持続可能に」は正しいにせよ、1企業が掲げるパーパスとしては抽象的すぎて理解しにくいからで
そこで、分解して考えてみる。富士通がテクノロジー企業であるという前提で解釈すると、まず、①イノベーションが前提にある。それを通じて、②社会に信頼をもたらす、③世界をより持続可能にする、の2つを実現する企業、という意味になるだろう。②や③に意識が行きがちだが、これらは目指す方向なので、①のイノベーションに重みがあると考えられる。
例えば、社会に信頼をもたらすとしても監視社会になっては窮屈だし、さまざまな国民や企業などステークホルダーの負担を増大させては意味がない。イノベーションによって、これらの壁を乗り越えるために富士通は存在するという意味に取れる。しかしイノベーションが具体的に何を指すのか、そのために富士通がどう行動するのかは、どこにも書かれていない。
社内文書にはあるのかもしれないが、対外的な説明は図1しかなく、前記の解釈が正しいかどうかも不明だ。図1の文章自体、「パーパス」と「大切にする価値観」や「行動規範」に示される社員への要求にあまり関係がない。あえて言えば、「大切にする価値観」の「挑戦」に記されていることが富士通の言うイノベーションに思えるが、各項目は当然のことでもある。
参考までに、他社のパーパスに相当するもの(ミッションや企業理念)を例示する。大同小異にも見えるが、富士通のそれに比べると、いずれも抽象度は低く、社員の意識に訴えたり動機付けにつながりやすいように思える。
ソニー
「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」
ライオン
「より良い習慣づくりで、人々の毎日に貢献する(ReDesign)」
ハイアット
「私たちは思いやりの心で、相手の『最高』を導き出します」
NTTデータ
「情報技術で、新しい『しくみ』や『価値』を創造し、より豊かで調和のとれた社会の実現に貢献する」
フェイスブック
「To give people the power to build community and bring the world closer together」
グーグル
「To organize the world's information and make it universally accessible and useful」
“DX企業”というフレーズは成立しない
一方で、より問題だと考えられるのが富士通が2020年3月に発した「IT企業からDX企業へ」というメッセージである(図2)。
IT(Information Technology)はコンピュータや通信、ソフトウェアなどの具体的なモノやコトを指す。これに対しDX(Digital Transformation)は、一般に「デジタル時代に適応するように自らを形質転換する(体質など内部から変える)こと」を意味する。例えば計画よりもアジリティ重視、KKD(勘・経験・度胸)ではなくデータドリブン、収益よりも顧客体験、といった文化や行動特性を、
つまり、ITのようにだれかが提供する何かを採用するのではなく、自分事として取り組まなければならないのがDXだ。そのため「IT」と「DX」を対置して説明することは適切ではないし、DXはITのようなモノやコトではないのでDX企業という表現は、そもそも成立しない。事実、「DX Company」「DX Enterprise」を英語モードで検索しても有意な結果は出てこない。「DX推進企業」や「DX銘柄企業」といった言葉はあっても、「DX企業」が定着しないのはその証左と言えるだろう。
あえてITに対置する言葉を挙げるとすれば、DT(Digital Technology)になる。つまり「DT企業」というならまだ分かるが、これと誤認させるような形でDXの言葉を不用意に使うのは、このテーマに専門で関わる企業として適切ではないだろう。もちろん、こんなことは承知の上で「DX企業」と言っている可能性もあるが、ともかく社員やパートナー、顧客企業に及ぼす負の影響は大きい。
なお時田社長は最近、メディアのインタビューで「メディアや投資家に『DX企業とは何ですか』と聞かれたら、最近は『パーパスドリブンで行動し、データドリブンの経営をする企業』と答えています」と話している。揚げ足を取るようで書くのを躊躇するが、これを字義どおり解釈して、「IT企業からDX企業へ」というフレーズに当てはめると、IT企業は「パーパスドリブンでも、データドリブン」でもないという意味になってしまう。
●Next:Ridgelinez、富士通Japan、SI会社11社の本体統合などの意図は?
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