[ユーザー事例]

日清食品HDのAI Readyへの道程、カギは「現場の成功共有とトップの覚悟」

シンギュラリティの“前倒し”で急がれる、AIを前提にした組織への変革

2025年11月20日(木)神 幸葉(IT Leaders編集部)

「AIを導入したものの、現場でなかなか使ってもらえない」──AIの業務活用に取り組む企業のIT部門の多くが悩む課題の1つだ。その課題に対し、日清食品ホールディングスは、AI利用率をどう引き上げ、社内での活用を広げていったのか。2025年10月21日に開催した「AI Innovators Forum 2025」(主催:エクサウィザーズ)に同社 執行役員 CIOの成田敏博氏と大阪大学 先導的学際研究機構 教授の栄藤稔氏が登壇。「AI導入を“現場の成果”に変えるトップリーダーの戦略と実装プロセス」と題し、目前に迫るシンギュラリティを見据えたAI導入戦略について議論した。

先進ITユーザーでも導入初期は停滞、突破口は営業部門

 日清食品ホールディングスは、早期から生成AIの活用に取り組んでいることで知られている。2022年11月、「ChatGPT」が世に登場した当初から生成AIの技術に着目してグループでの活用を検討、2023年には独自開発した対話型AIチャット/アシスタント「NISSIN AI-chat」を全社員に展開している。

 同社で執行役員 CIOを務める成田敏博氏(写真1)は、「一部の従業員はすぐに活用し始める一方で、多くは数回触って役に立ちそうだとは言いつつも、従来の業務に戻ってしまう状況だった」と導入当初の状況を振り返る。NISSIN AI-chatの月別利用率はしばらく2~3割ほどで推移し、日別利用率は3~5%にとどまっていた。「もしかすると、プロンプトの書き方でつまずいているではないか」と思い、全社的にプロンプトエンジニアリング研修を実施したが、大きな効果は現れなかったという。

写真1:日清食品ホールディングス 執行役員 CIOの成田敏博氏

 こういった状況を経て、成田氏は、まずは営業のメンバーに生成AIをしっかり使ってもらうことを目標に置いて、営業部門での成功事例を積み上げるべく奔走。そこで、活用に意欲的だった当時の営業部門のトップが、積極的な活用を促すメッセージを部門内に示してくれ、メンバー個々人が作り込んだ効果的なプロンプトをテンプレートとして部門内で共有することで利用率がどんどん向上していったという。

 その後、社内報なども活用しながら成田氏は事例を共有する“布教”に努めた。現在では全社で200種類超のプロンプトテンプレートが整備され、部門・グループ会社の垣根を越えて利用が広がっている。

社長が全社メッセージ、経営と現場の両軸で取り組みが加速

 営業部門から始まった成功体験と合わせて、経営トップからの働きかけも大きかったと成田氏。日清食品HDでのAI活用推進を始めて半年ほど経ったある日の全社朝礼で、同社 代表取締役社長の安藤宏基氏が「今後、業務を遂行するうえでAIを使わない日はなくなる。今までのやり方を変えることにフラストレーションがかかるかもしれないが、ぜひ活用を進めていってほしい」というメッセージを発信した。「成功事例を横展開する現場の取り組みとトップからのメッセージ、この両軸が揃うことで、AIの本格活用が進んでいった」(成田氏)。

 現在グループ全体のAI利用率は約7割で、導入当初の状況からすると大きな伸びだが、「技術進化のスピードに対し、これまでの取り組み姿勢だけではいけない」という危機感を持ち続ける成田氏。そのスタンスで、さらなる取り組みに歩を進めている。

「失敗を許す」組織文化が変革を起こせる

 日清食品HDが示したような、業務部門でAI活用の成果を生み出すうえでのポイントはどこにあるのか。AIの社会実装を研究する大阪大学 先導的学際研究機構 教授の栄藤稔氏(写真2)は、「経営トップの意思がクリアに出ていること」「組織文化をどう構成していくか」の2点を挙げた。

写真2:大阪大学 先導的学際研究機構 教授の栄藤稔氏

 組織文化について、栄藤氏は失敗を許す重要性を説いた。「0勝0敗10分けの人が偉くなるような会社ではなく、8勝2敗とか5勝5敗でもしっかり評価することが重要。このような文化を作っていくことを経営トップは常に発信し続け、組織の中で等しく、中間管理職を含めて、カルチャーを育てていくことが大事になっていく」(栄藤氏)

推進組織がはたす役割、IT部門のこれからの姿

 セッションでは、AI活用を推進する組織体制についても言及された。日清食品HDでは、デジタル化推進室がAI活用のイニシアチブを握っている。同推進室は、業務部門と共に現場の課題を解決するうえでのデジタルツール活用を推進する部門であり、RPA、ローコード/ノーコードツール、そして生成AIと、注目のテクノロジーが登場するたびに現場への浸透を主導してきた。現場と共に具体的なユースケースを作るほか、社内報の事例記事作成も行っているという。

 「デジタル化推進室は、生成AIを活用してビジネス価値に変える、業務の主役ではないが、彼らがいることで各業務部門の活用が加速している。IT部門は業務部門にしっかり入り込み、サポートする機能を持つべきと考えており、今後、IT部門があるべき姿の1つになると思う」(成田氏)

 そのデジタル化推進室で室長を務める山本達郎氏は、日清食品HDに入社後、営業部門で活躍した人物。業務部門に入り込んで問題解決を図る能力が高いリーダーだと成田氏は表し、山本氏を室長に任命して、その能力を存分に生かしてもらおうと考えた。

 その狙いどおり、山本氏率いる同推進室のメンバーは、業務部門に入り込んで課題解決に取り組み、今度は業務部門側が相談に来るという好循環が生まれているという。

●Next:AI活用を促進する管理職、シンギュラリティに向けた心構え

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