[技術解説]

エンタープライズ2.0の定義─エンタープライズ2.0とは何か(2)

エンタープライズ2.0 入門

2007年7月2日(月)IT Leaders編集部

前回、ウェブ2.0の基本的な考え方をおさらいしてみた。こうしたウェブ2.0の考えは、そのままエンタープライズ、すなわち企業内情報システムにも適応できるのだろうか?

1-3 ウェブとエンタープライズの本質的な違い

ロングテールか80%マジョリティか

前回、ウェブ2.0の基本的な考え方をおさらいしてみた。こうしたウェブ2.0の考えは、そのままエンタープライズ、すなわち企業内情報システムにも適応できるのだろうか?

否である。

ウェブとエンタープライズは本質が違う。ビジネスには目標があり、企業内情報システムはそれを達成するための手段なのだ。企業から広告媒体や販売チャネルとして無料で提供され、ユーザーが自発的に利用するウェブとは違う。それではウェブとエンタープライズいったい本質的に何が違うのであろうか。大きく4つの論点がある(図1-3)。

1つ目の論点として、対象とするユーザーの違いがある。ウェブが「一部の新しいもの好き」のためのシステムなのに対して、エンタープライズは全ての社員が使わなくてはならない。ウェブ2.0のサービスが如何に定着してきたとはいえ、まだまだ利用者は一部に限られている。ウェブ2.0のサービスを使っている人の多くは、役に立つかどうかよりも、新しい技術やコンセプトが好きで、わくわくするかどうかで物事を判断する人たちだ。ウェブにはほぼ無限といってよい数億人規模のユーザーがいるので、そのうちの1%でも利用者がいればかなりの規模のユーザーを確保できる。コンテンツも十分に溜まり、面白い体験も起こってくる。これがウェブ2.0の世界でいう「ロングテール」という考え方である。すなわちウェブは、マジョリティではなく一部のマイノリティの人をこつこつ拾いあげて集約することで、大きなムーブメントを作ることができる。

しかしエンタープライズは、「新しいもの好き」だけを対象にすればいいシステムではない。少なくとも社員の半分以上がシステムを日常的に使わなくてはならない。もし、電子メールが社員の30%程度にしか普及していなかったら、メールなどないほうがコミュニケーションは楽に済むだろう。エンタープライズでは利用率が50%を超えると、途端に利用者が増えていく。80-90%まで普及が進めば、インフラとして機能してくる。エンタープライズのシステムの多くは「ロングテール」ではなく、「80%のマジョリティー」が使うシステムにならなければいけないということが、ウェブとの大きな違いである。

楽しさか業務か

2つ目の論点は利用動機である。なぜウェブを使うのか。それは、便利で楽しいからだ。友達とおしゃべりして楽しいからMixiを使い、自分が世界の百科事典を編纂していることで自己顕示欲が満たされるからWikipediaに書き込み、本を読んだ感動を誰かに伝えたいからAmazonのブックレビューを書く。あくまで、個人的・自発的な動機である。便利、楽しい、面白い、つながりたい、といった個人的な動機を最大限汲み取るために、世界中のウェブサービスがしのぎを削っているわけである。

一方、エンタープライズの目的はあくまで業務の遂行だ。売上を上げる、コストを下げる、納期を守る、お客様を満足させる。ビジネスには常に目的があり、その目的を達成する手段としてエンタープライズシステムを使う。そこに楽しいかどうかの判断基準は入らない。どんなに使いにくくても、経理システムに伝票を打ち込む必要があるし、どんなにつまらなくてもメールで営業報告を上司に送る。また、セキュリティやコンプライアンス(法令順守)という考え方も必須だ。楽しい、楽しくないにかかわらずどんなに面倒でもアクセス権限を設定することは欠かせない。

もちろんエンタープライズでも、楽しい、面白いに越したことはない。しかしそれは、業務目的が達成されるという最低条件を満たした上での話なのである。

無料サービスか品質保証か

3つ目の論点は、サービスレベルである。現在のウェブはいろいろな用途に利用されているが、ほとんどのサービスは原則無料である。便利なGoogle検索サービスも、GoogleのメールサービスGmailもすべて無料サービスだ。これが実現できるのは、利用する対価としてユーザーがお金を払うのではなく、利用してもらうことで生み出される広告価値をお金に換えているからである。ユーザーにとってあくまで無料サービスなので、システムに対する期待度は高くない。「永遠のベータ」という考え方も受け入れられる。

一方エンタープライズで提供されるものはシステム製品である。企業の情報システム部は有料でベンダーからシステム製品を購入する。情報システム部はシステム製品をベースにサービスを提供し、その対価をユーザー部門から利益の社内付け替えという形で間接的に受け取る。ユーザーはあくまで、利用するシステムそのものに価値を見出し、それに対して対価を支払っているため、システムに対する要求レベルが高い。メールがとまったり、グループウェアがバグだらけだったりすることは許されない。そのため、情報システム部門はユーザーに対してその品質を約束する。そしてその約束は、情報システム部門とベンダーの間でもサービスの品質を保証した契約であるSLA(サービスレベルアグリーメント)が交される。こうして品質が保証がされ、その対価としてお金が逆流していくのだ。このサービスレベルの考え方も、ウェブとエンタープライズで大きく違うポイントである。

広告費かIT予算か

最後の論点はビジネスモデルの話だ。マイクロソフトとGoogle。この2社の最も大きな違いはなにか。それはこの2社の業界が全くことなるのである。マイクロソフトは売上5兆円を越える世界最大のソフトウェア会社。世界150兆円とも言われるIT市場におり、主に企業のIT予算で生計を立てている。お客様は予算を持っているCIOであり情報システム部である。

一方Googleはソフトウェアを作っているようにも見えるが、実は売上1兆円を誇る世界最大の広告代理店である。世界で4兆円とも言われており、毎年30%以上の成長を遂げているインターネット広告市場が彼らの主戦場だ。Googleの検索サービスは、広告を配信するためのコンテンツ、テレビでいうところの番組である。お客様はGoogleを使うユーザーではなく、GoogleにAdseseやAdwordsといったインターネット広告を載せる世界中の広告主なのだ。つまり、MicrosoftとGoogleではそもそも、戦っているホームグラウンドが違う。

GoogleがDoc&Spreadsheetというワードプロセッサーとスプレッドシートのソフトウェアを提供したことが、マイクロソフトのワード、エクセルに対抗するのではないかとして話題になっている。ソフトウェアとしては似たような機能を持っているが、本来の意図は大きく異なる。Googleはソフトウェアを無料で提供し、ページビューを稼いで広告を載せたいのであり、ソフトウェアを売りたいわけではない。

こうした広告業界がIT業界に攻め入ることにより企業においても広告予算の恩恵にあずかり、無料でGoogleの検索サービスなどの高品質サービスを受けることができるようになった。しかし、だからといってGoogleがマイクロソフトを飲み込んでしまうかというと、そんなことは絶対にありえない。業界が違うからである。

このようにウェブとエンタープライズではその本質が決定的に異なるのである。もちろん、ウェブ2.0はエンタープライズに大きな影響を与える。しかし、その本質が異なる故に、エンタープライズ2.0の絵姿は、ウェブ2.0の絵姿とは大きく異なったものになる可能性が高いのである。

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