[最前線]
世界に挑むアジアのWeb─Open Web Asia '08 開催レポート
2008年12月24日(水)池田 将(コンサルタント/テックブロガー)
欧米=「西」に対するアジア=「東」。Webビジネスの世界では「西高東低」ととらえられがちだが、実はアジアにも相当のポテンシャルがある。今こそ、その力を世界に向けて情報発信しなくてはならない。こうした熱い思いを込めて開催されたイベントが「Open Web Asia '08」である。2008年10月14日、アジアのWebビジネスのキーマンが韓国ソウルに結集し、アジアのWebの将来を本音で語り合った。その現地の様子をレポートする。
米国で人気を博したソフトウェアやサービスが米国外の市場に投入されることは、決して珍しいことではない。SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)や「Web2.0」という言葉に象徴されるWebサービスは、その多くが米国で生まれ、世界各地でローカライズされている。しかし、米国で成功を収めたサービスが、それ以外の国で必ずしも受け入れられるとは限らない。
一方、日本を含むアジアでは、欧米に勝るとも劣らないWebサービスが生まれているにもかかわらず、それらが欧米で広く受け入れられている事例はまだまだ少ない。
欧米を西、アジアを東で表したとき、インターネットの産業で明らかに「西高東低」の構図が出来上がってしまっているのは、その情報量や情報を伝えるメディアの力の差が原因と言われている。このような状況に一石を投じようと、今年初め、中国でテックブログ(ITニュースを伝えるブログ)を書く盧剛氏や、やはりテックブロガーで韓国でブログシステムの開発会社「TNC」の社長を務めるキム・チャンウォン氏(TNCは9月、グーグルにより買収)らが中心となり、「Open Web Asia」(OWA)というワーキンググループが設立された。OWAはWebサイトを開設し、そこには東アジアや東南アジア各国のテックブログに書かれたニュースのタイトルを一堂に集め、欧米に向けてアジアのITを強く情報発信していくことに主眼を置いている。
このOWAが中心となり、アジアのWebビジネスのキーパーソンを一堂に集め、アジアのWebの将来を語るイベント「Open Web Asia '08」を2008年10月14日に韓国ソウルで開催した。
Webビジネスの明日を考える
10月の第3週、カジノで有名なソウルのホテル「シェラトン・ウォーカーヒル」では、韓国の毎日(メイイル)経済新聞社の仕切りで、世界の著名人を集めた「世界知識フォーラム」が開かれていた。「Open Web Asia '08」は、この世界知識フォーラムの一部として開催され、14日の丸1日使って、アジアのWebビジネスの将来を語ろうという企画を具現化した。
セッションは4つに分かれており、それぞれのセッションのテーマ決めやプレゼンターの招請は、ワーキンググループのオーガナイザーらが担当した。オーガナイザーは、日中韓のブロガーやWebビジネスの経営者らを中心に構成されていて、忙しい本業の合間を縫って、スケジュールやテーマの調整などに余念が無かった。セッション毎に、アジアや世界を代表する有識者数名がプレゼンテーションを行い、続いてパネルディスカッションという形で、熱弁が繰り広げられた。
セッション1
洞察とベスト・プラクティス
プレゼンテーションのトップバッターに立ったのは、アンドレアス・ウェイジェンド氏。彼はAmazon.comを退職後、現在はテックベンチャー数社のコンサルタントを務めながら、スタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校で教鞭を執っている。B2Cの先駆者として、世界のインターネットビジネスを見てきた視点から、B2Cや消費経済のしくみが変化してきていることを指摘した。
「ブログなどのソーシャルメディアの普及で、今日の消費者は、企業が主張していることをまるで信じていない。消費者は他の消費者が選んだものを信じるようになっているので、企業は消費者が発信している情報に、より一層耳を傾ける必要がある。つまり、ビジネスの主導権が、企業から消費者へと移動している。eビジネス(企業のビジネス)は、Weビジネス(消費者のビジネス)やMeビジネス(私のビジネス)に変化していくだろう」。
また、韓国ヤフーCEO(最高経営責任者)のキム・ジェイムス・ウー氏によれば、韓国におけるインターネット利用時間の長さはアジアで1位だという。ヤフーのように米国に本拠を置く会社が韓国でビジネスを始めることはメリットが大きい、と主張する。韓国政府の施策や人口密度の高さも手伝って、韓国は有数のブロードバンド立国になり、街ではインターネットカフェ(PC房=PCバン)がひしめき合っている。欧米の企業がアジアへの進出を試みるときに、日本や中国を差し置いて、まずは韓国からスタートという事例は増えているようだ。
セッション2
アジアにおけるイノベーション
主に日本のITベンチャーに投資する「インフィニティ・ベンチャー・パートナーズ」に加わった田中章雄氏は、前職のアドビシステムズ社に在籍していた頃から、さまざまな国際カンファレンスの機会で日本のWebビジネスの特徴を分かりやすく説明している。
日本では、携帯電話が第3世代に対応してモバイルブロードバンドが実現していることを挙げた上で、そのような技術が進歩することも重要だが、モバイルブロードバンドが利用できることで新たに生み出されるサービスやビジネスこそがイノベーションであると田中氏は述べる。ニコニコ動画や10代向けのSNSなどが隆盛しており、これらの媒介を通じて日本のメイドカフェや漫画の文化が、台湾や中国の人々に与える影響が以前に比べ増しているとのことだ。
開発言語PHPのエンジニア向けに中国最大のコミュニティを組織するソフトウェア開発会社「康盛創想」の社長を務める載志康氏は、米国の会社が中国に来て成功しないのは、中国の文化や現地事情に順応しないからだと指摘した。
「例えば、中国でブログなど個人のWebサイトを開設している人の月収はおおむね5万円程度。これは、工場労働者やホワイトカラーの平均月収よりも高い金額だ。さまざまな階層の人がいる中国に、単に他の国で流行ったサービスのコピーを持ち込んでも、受け入れられない」。
広大な国土を持つ国ゆえ、あるいは、多民族から構成される国ゆえ、「中国は1つの国と捉えてはいけない」とよく言われるが、収入格差や職業の違いなどによっても、日本人には考えられないくらい趣向が分かれるようである。インターネット人口が多いことを加味しても、中国ではニュースサイト、ポータルサイト、SNSなど、あらゆるWebサービスが数多く乱立しているが、決して寡占が進まない背景には、そんな事情があるようだ。
また、中国のベンチャーキャピタルは、手早く利益を上げることに固執し、ビジネスリスクを恐れて、起業家にイノベーションを奨励しないことを、載氏は憂慮している。その結果、どこかの国のサービスのコピーキャット(まねごと)ばかりが増加し、例えば、中国国内には、YouTubeのような動画共有サイトが20も存在するらしい。
セッション3
コラボレーション
「コラボレーション」のセッションでは、SNSやブログなど、ここ数年でインターネットに登場したユーザー同士が影響を与え合うサービスを取り上げた。北京でモバイルビジネスのコンサルティング会社を経営するベンジャミン・ジョフ氏がモデレータを務め、日本のモバゲータウン、中国の騰訊網(qq.com)、韓国のサイワールドといったSNSが採用した、アバターを販売するビジネスモデルが欧米のサービスにも影響を与えていることを指摘し、世界で誰がイノベーションを創造するだろうか、と問題提起した。
「ミコノミー」(me:私とeconomy:経済の合成語)の著者で、韓国のフルタイムブロガー、すなわちブログを書いて生計を立てている、テウ・ダニー・キム氏は、韓国人はオンラインとオフラインの融合を非常に好む傾向があると述べる。欧米は国土が広大なので、顔を合わせて会うということがままならず、その代替手段として、テレビ会議やビジネスSNS、電子掲示板などが普及したという側面がある。韓国は人口密度が高いし、国土も広くないので、他国に比べれば、会おうと思えば会いやすいわけだが、その環境下でオンラインとオフラインを使い分けるというのだ。
学校教育、とりわけ、英語の授業ではウィキ(Wiki)ベースのノート「スプリングノート」(Webブラウザ上で紙のノートのように書き込みができ、ユーザ同士が共有もできる)を使って宿題が出されることが多くなっており、昼間は学校で授業を受け、夜はスプリングノートで宿題をこなし、それに対して、教師はスプリングノート上でコメントする、ということが繰り返される。
日本にも進出している、韓国の市民ニュースメディア「オー・マイ・ニュース」のミン・キョンジン氏は、韓国のWebサイトは、ある種の現実逃避の場所になっている、と指摘した。iPhone に代表される便利なインターネット端末が登場し、誰もがジャーナリストになれるようになった。例えば、今春、韓国で米国産牛肉に反対する機運が高まり、ソウル市内で大規模なデモが行われた際は、一般市民がモバイルブロードバンドを使って、デモ行進の様子をインターネット上で生中継した。このような事例は、市民ジャーナリズムの象徴であると同時に、日々の不満を晴らすという典型的なネットの使われ方になっている。
セッション4
国際化への挑戦
第4セッションのモデレータは、上海を拠点に、欧米のインターネット企業のアジア進出をサポートするコンサルティング会社「web2asia」を経営する、ジョージ・ガドゥラ氏が務めた。
ガドゥラ氏はセッションの冒頭、日本・韓国・中国のいずれにおいても、各国で有力なWebサービスは、それぞれの国内企業が運営していると述べ、欧米企業がアジアで容易に成功できないのは、8つの理由があると指摘した(表2)。
1 | アジア進出にあたって、明確な戦略が存在しない |
---|---|
2 | アジアへの進出が、早すぎるか遅すぎる |
3 | 現地法人が、すべてを決定する権限を持っていない |
4 | 翻訳、コンテンツ、価格決定、ブランディング、ビジネスモデルなどのローカライズが不十分 |
5 | 現地に開発チームが存在しない(市場投入に時間がかかり、コストも高くつく) |
6 | 進出先の国内企業が、すでに優れた技術やビジネスモデルを持っている場合がある |
7 | 当該企業の世界統一のガイドラインに縛られる |
8 | 現地法の制約を受ける |
日本最大のSNS「ミクシィ」が、サービスの設計にあたって手本にしたと言われる、アメリカのSNS「フレンドスター」は、東南アジア(マレーシア、シンガポール、フィリピン)でアクセス1位を誇っている。イギリスでは「ビーボ」(現在はAOLが買収)、ブラジルやインドでは「オルクット」(現在はグーグルが買収)など、同じ英語であっても、人気を得るSNSには地域性が生じるようだ。
リチャード・キンバー氏は、もともと、グーグルの東南アジア営業担当ディレクターを務めていたが、フレンドスターが創業当初の目論見には無かった東南アジアでブレイクし始めたのがきっかけで、グーグルから引き抜かれて、フレンドスターのCEOになった人物である。キンバー氏は、グーグルが世界に対して均一なサービスを提供するのに対し、フレンドスターはユーザーのいる国の側に合わせて、サービスを提供していることを強調する。
「当初の目論見にはなかったこと(東南アジアでブレイクしたこと)が、インターネットサービスの世界では時々起こりうる。そのような突然の変化にも対応できることが重要だ。一国でサービスを提供することに固執していたら、サービスを複数の国に拡大することができなくなってしまう。グーグルでの経験から学んだことだが、必要なときにシステムをスケールアウトできるように設計しておくことは重要だ。もちろん、ユーザーが求めているものを考えるのも大事だが、インターネット企業は世界中のどこでも運営できるのだから、創業時から世界的視点を持っているべきだろう」と述べた。
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