社会・経済を構成する地殻─個人のライフスタイル、市場の価値観と構造、それを支える技術基盤──は静かに、しかし確実に変動を起こしている。21世紀に必要なのは、組織としての機能から機能としての組織への再編と、官と私の対置構造から〈公〉への移行である。
2009年10月、東京・大手町の日本経済団体連合会ビルで開かれた情報サービス産業協会(JISA)主催の「JISAコンベンション」(写真1)。恒例のパネルディスカッションには、リコーITソリューションズ会長の國井秀子、シーエーシー社長の島田俊夫、NTTデータ経営研究所の情報戦略コンサルティング本部長の三谷慶一郎の3氏が登壇した(コーディネータは本誌編集長の田口潤氏)。
テーマは「情報サービス産業、2010年代の展望」。國井氏は情報サービス業における女性の活用と女性が活躍できる場の必要性を、島田氏は情報サービス企業の自立を、三谷氏はシステム構築における工学的アプローチの重要性を訴えた。それぞれ傾聴すべき見識であり、必要なことでもある。
だが、あえて言えば、いずれもかねてから指摘されてきたことであり、いまさらの感も強かった。何よりも2008 年年秋以後の派遣切りや新規案件の凍結で、情報サービス業の底辺が困窮に直面している最中である。例えば、3次請け以下のソフト会社では全従業員の3〜 5%が、雇用調整助成金で息を接いでいる。丸々の持ち出しとなるよりいいと、月額20万円台で受注するダンピング契約も出始めた。“いま、ここにある危機” をどうするのか。そんな折でのパネルディスカッションは、「暢気なもの」との批判を免れない。
下請法抵触の事例が横行
実際、契約期中の一方的な契約解除や事実上の解約、開発チームを人質に取ったかたちで値引きを要求する“あと出しジャンケン” など、取引上の優位な立場を利用した下請法抵触行為が横行している。
典型例が「SES契約」だ。ソフトウェアエンジニアリングサービスの略で、本来は定額で1人月当たりの料金を支払う、いわゆる準委任契約である。例えば契約書記載の規定時間を165〜180時間とする。これを利用して規定に満たない場合に、時間単価をかけて契約額から差し引く。実質的な値引きである。このような中で、JISAは「日本を代表する唯一の情報サービス産業団体」を標榜しているにもかかわらず、動きは鈍い。
一例が民主党政権へのアプローチ。JISA政策委員会の部会で意見交換が始まったのは10月中旬で、新政権に対する目立った動きはまだ見られない。浜口友一会長(NTTデータ相談役)は、3次請以下の中小・零細ソフト会社が置かれている苦境やSES契約の矛盾に理解を示すものの、今こそ政策提言をすべきだという指摘に、「会員の総意が前提となる」と言う。「JISAというより、情報サービス業界をリードする企業1社1 社がどのように改革していくか。それが業界改革につながっていくのではないか」。
確かに、これは一定の説得力を持つが、だからといって業界団体としての新政権に対するアプローチが不要になるわけではない。JISAのある幹部は、「これまでの自民党との関係もある。手のひらを返すようなことはできない。もちろん内々でどうすべきかは検討している」と背景を話す。
変化した先進企業の認識
一方、原発注者、つまり情報システム・ユーザー企業の意識変革は速い。時計の針が21世紀に入った直後─厳密には旧来システムの2000年問題対応をクリアしてから─を境に、ユーザーの認識は変わってきた(図1)。
2001年から数年間に発生した大規模なシステムトラブルで、IT ベンダーへの信頼感は失墜し、併せて外部への依存を続けていたのでは、事業継続性の保証や新しい企業価値の創出は不可能だということに気づいたのだ。だから例えば、アウトソーシングやSaaS やクラウドへの関心を、「ITを外部依存する表れ」と単純に見ていては本質を見誤る。限られたスタッフや予算の中で、戦略的ITを自らガバナンスし、活用する必然的な方策と見るのが正しい。
そんな中で「ITのプロ集団」を自称する情報サービス産業だけが変化に順応できず、ガラパゴスとして取り残されつつある。未来を描けない産業は、主導的な地位から退くほかない。「労働集約依存から知識集約への変革へ」の掛け声はなるほど立派だが、“今、進行しつつある地殻変動” に間に合うだろうか。
ソフトウェアのサービス化とIT のユーティリティ化はASP/SaaS/クラウドコンピューティングとして予想以上の速さで顕在化している。気がついたとき、「そういえば昔、ソフトウェア受託開発という業態がありましたね」になっているかもしれない。
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