[技術解説]
スパコン、ネットワーク仮想化、量子暗号……幾重もの壁を突破し、前進する基盤技術
2011年8月23日(火)栗原 雅(IT Leaders編集部) 鳥越 武史(IT Leaders編集部)
プロセサやネットワークといったITの基盤技術の進化に、ブレーキは存在しない。 過去を振り返っても、近い将来に目を向けても、そこにあるのはアクセルだけだ。 パート3では、超速・超簡単・超安全に向かって加速する基盤技術をみていく。
幾重にも立ちはだかる壁を突き抜けて、ITは着実に前進する─。理化学研究所と富士通が共同開発中のスーパーコンピュータ「京(けい)」が処理性能で世界1位に輝いたという知らせを耳にして、そのことを改めて実感した読者は少なくないだろう(写真3-1)。
京の開発プロジェクトは、NECと日立製作所の離脱や行政刷新会議での事実上の予算凍結判定だけでなく、「東日本大震災で部品調達が遅れかねない危機にもさらされた」(スパコン開発をけん引する富士通の新庄直樹統括部長)。
当然、プロセサの動作周波数を高めることで生じる消費電力の増大や、並列度の向上に伴う通信のオーバヘッドの発生などの技術的な壁にも直面し、突破してきた。量子力学を応用した「量子コンピュータ」や、アメーバ状に体の形を変える菌を用いた「粘菌コンピュータ」、遺伝子の反応を利用する「バイオコンピュータ」など研究段階にある技術も、いずれ実を結ぶはずだ。
[スーパーコンピュータ]
ぶっちぎり世界一の性能で環境や防災、防衛に貢献へ
京は、毎秒1京回の浮動小数点演算、すなわち10PFLOPS(ペタフロップス、ペタは10の15乗)の処理性能を目指しているスパコンである。
2011年6月に発表されたスパコンの世界ランキング「TOP500」において、連立一次方程式の処理速度を測るベンチマーク「LINPACK」で、目標に迫る8.162PFLOPSを達成(表3-1)。2位の中国「天河1A号」と3位の米国「Jaguar」に対して、それぞれ約3.2倍と約4.6倍という「圧倒的な性能差」(理化学研究所 計算科学研究機構の平尾公彦機構長)をつけてトップの座を獲得した(写真3-2)。国産スパコンが1位を奪取したのは、2004年6月までの2年半にわたり首位を維持していたNECの「地球シミュレータ」以来、7年ぶり。
京は複数のプロセサで並列処理を実行するスカラー型のスパコンだ。富士通製のマルチコアプロセサ「SPARC64 VIIIfx」を1ラックにつき約100個搭載し、「Tofu」と呼ぶ低遅延タイプの独自のインターコネクト技術でプロセサ間を接続する仕組みになっている。
SPARC64 VIIIfx自体は処理性能が16ギガFLOPSのコアを8個備え、理論上、プロセサ1個当たり128ギガFLOPSの処理を実行できる。先のベンチマークで8.162PFLOPSを達成した際は、672台のラックに6万8544個のプロセサを搭載していた。2012年の完成時には8万個以上のプロセサを使い、10PFLOPSの目標達成を目指す。
そんなに処理性能を高めて何の意味があるのか。スパコン開発の是非については今も議論があろう。1つだけ確かなのは「(スパコン開発は)コンピュータ産業だけの問題ではない」(ノーベル賞受賞者で理化学研究所の理事長を務める野依良治氏)ということだ。
解析速度やシミュレーション精度が上がれば、地震や津波の影響を短期間で繰り返し解析して防災対策の実効力を高めたり、発電効率が高い太陽電池の新素材を開発して自然エネルギーの活用を加速させられる可能性もある。高い情報分析能力は防衛力の向上にも役立てられるだろう。
[プロセサ]
急進する複数コアの実装と低消費電力、低発熱化
システムの性能向上をけん引する基幹技術の1つ、プロセサの進化もとどまることがない。米タイレラが100コアのプロセサ「TILE-Gx」を2009年10月に発表した後、200コアの搭載を視野に開発を進めていることは、本誌2011年3月号の特集「ザ・ナンバーズ」で既報の通りだ。これは現在の企業ITで一般的なインテル・アーキテクチャ(IA)と異なるため、そのインパクトは未知数だが、今まで想像すらできなかったアプリケーションの出現を十分に予感させる。
一方で、IAの多コア化も一気に進む見通しだ。米インテルは2010年5月に「メニー・インテグレーテッド・コア(MIC)」と呼ぶアーキテクチャを採用したプロセサ「Knights Corner」(開発コード名)の開発計画を発表。現在最も微細な32nmより細かい22nmプロセスでトランジスタを製造し、シングルチップに50個以上のコアを搭載すると表明している。
40年以上変わらなかったトランジスタのスイッチ制御機構も抜本的に変更する。具体的には、これまでは電流を流すチャネルをシリコン製の土台に対して水平方向に寝かせ、その上を覆う格好で電流を制御するゲートを配置していたが、新たな機構ではチャネルを垂直方向に立て、3方向からゲートで押さえつけるようにする(図3-1)。
「Tri-Gate」と呼ぶこの新機構は、低い電圧でトランジスタのスイッチのオン/オフが可能になることから、高速でスイッチを切り替えられるようになる。さらに、スイッチがオフの状態にあるときのリーク電流を従来の10分の1程度に減らし、発熱を抑制する効果もあるという。
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