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オランダと農業とITに見る「IT融合」って何だ? 経産省が計画するこれからのIT振興策の実際

2011年10月31日(月)田口 潤(IT Leaders編集部)

オランダと聞いて何を連想するだろうか。風車?チューリップ?もちろんそれもあるが、意外なことに農産品の輸出で世界第2位なのだそうだ(1位は米国)。オランダは、元々灌漑によってできた国土なので土地が痩せている。緯度も高いので日照時間が短いなど、農業面のハンデは大きい。どうやってそれを乗り越え、世界第2位になったのか。原動力となっているのがITである。

「オランダの食糧自給率は2割程度。EU域内は関税がないので、自国民のための食料を輸入し、高く売れるものを輸出している。戦略的にそうしているので、日本が同じことをするのは難しいかも知れない。しかし学ぶべきことは多い」。10月28日に開催されたIPAフォーラムの基調講演に登壇した経済産業省情報処理振興課の高橋淳課長は、こう語りかけた。「経産省としても、そういった”IT融合”、つまりITのほかの産業での利活用を促進する施策を打っていきたい」(同)。具体的にどういうことなのか。以下、高橋課長の講演の骨子を見ていこう。

「オランダに、元々は農業の単科大学、現在は理系の総合大学であるワーヘニンゲン大学がある。そこを中核として政府が資金を支援し、シリコンバレーならぬ”フードバレー”が成立した。農産物生産の生産の高度化を目指す産学の集積だ。彼らのやり方は温室(ハウス)栽培で、まずハウスを規格化した。作る品種もトマトとパブリカ、キュウリなどに絞り込んだ」。

そうやって工業化しやすい前提を整えた上で、「プリパ社という企業が、農業のキモは光(日照)と温度、湿度(水)、CO2の4つを制御することと見極め、そこにITを活用した」。光や温度など4条件を様々にコントロールし、生育状況を含めたあらゆるデータを蓄積。それを解析して最適な条件を探り、より適切な4条件を見いだすアプローチである。「ハウス栽培に加えて品種を限定しているので、やりやすい。オランダは面積が九州くらいなので、地域ごとの気候を考えなくていい点もやりやすさにつながる」。結果として、トマトの生産性は単位面積当たりで見て日本の3倍に達する。

日本でも農業へのITの利活用は行われているが、しかし一歩足りないという。「オランダの取り組みから学べるのは①作物の選択と集中、②栽培施設の標準化・大規模化、それに③ITの活用の3つ。日本でも、熊本県の果実堂による暗黙知のマニュアル化や、温度や土壌による生育状況のデータベース化、あるいは新福青果と富士通によるコスト管理や販路開拓などの試みがある。しかし例えば制御するところまで行っていない」。

生育環境を制御できるハウスの規格化・標準化、あるいは品種の絞り込みといった、ITとは別の面、いわばビジネスモデルが弱いのだ。例えば作物の選択と集中ができれば、収集するデータの品質や収集に要する期間、データを生かして構築した仮説の検証などの効率を大幅に高められる。言い換えれば、現状の農業を是としてIT活用を進めるのではなく、農業自体のモデルの変革、あるいはIT活用を前提とした時の農業のあり方を検討する必要がある。「日本の農業は、もう一歩上に行けるし、行く必要がある」。

医療、エネルギーなどで「IT融合」を促進

ここまで見てきた農業におけるIT活用はあくまで一例。経産省情振課は、もっと広い分野へのIT活用を計画している。「実のところ役所の中で、今も情報振興が必要か?もういいのでは?という意見がある。ITはめざましい進歩を遂げ.身の回りにIT機器があふれているからだ。しかし利用はどうか?40年前の文書を紐解くと『利活用が大事』と書いてある。当時は、ITで業務を効率化することが焦点であり、この点は相当進んだかも知れない。しかし今重要なのは、できなかったことを実現すること。それを、我々は『IT融合』と呼んでいる」。

IT融合の背景にあるのが、(1)要素技術の強さのみでは勝てない、(2)日本発ではなく最初からグローバルへ、(3)IOC(インターネット・オブ・コンピューターズ)からIOT(インターネット・オブ・シングズ)へ、の3点だ。「日本企業は、いい技術をたくさん持っている。個々の技術者は、担当技術を一層磨く。それは当然必要だが、一方でどう活用するかを考えるスタッフが少ない。これは日本の多くの企業にみられる現象」。(2)は世界に占める日本のGDPが90年代半ばの20%近くから2030年には6%程度に低下することへの対応、(3)は言わずと知れたM2M、あるいはD2D(デバイス2デバイス)だ。

IT融合の重点分野として高橋課長は、農業に加え、医療・健康、ロボット、コミュニティ(エネルギー)、自動車・交通(ITS)、コンテンツ(コンテンツ)の6分野を挙げる。「実際にどう促進するかの説明は省くが、要するに意欲のある人、能力のある人を集めて場を作り、議論してまとめる。その場として融合システム産業フォーラム(仮称)を設置する。いい取り組みには、必要があれば、産業革新機構などから必要があればお金を出す。長期的に融合システムをシステム輸出の柱にしたい」。

課題があることも指摘する。(1)セキュリティ対策、(2)融合人材と教育、(3)国際的アライアンス、(4)新規プレーヤー創出促進、(5)ビッグデータから価値を生み出す基盤技術の強化、である。「人材面が圧倒的に弱い。改めて政策的に抜本策を打ちたい。データに関しても匿名性の担保などの技術開発が必要なので、今揉んでいる」。

「IT融合」に関わる方向はさておき、これまでと同様に有識者による会議の場を作る、高い目標を実現するために基礎の人材育成から取り組む、国際的なアライアンスを課題の1つとする、といった点には疑問も残る。有識者は実践者ではないので議論は素晴らしくて、も往々にして実践に結びつかない。人材も今から育成するのではなく、海外から調達する姿勢が必要ではないか。

そして国際的なアライアンスも、日本から呼びかけるのではなく、日本の取り組みを発信して海外から組みたいという要望が出てくるのを目指すべきではないか。つまり政策実行のアプローチが、既存の枠からほとんど変わっていないように見えるのだ。オランダと日本における農業とITの融合で高橋課長が指摘した「日本の不足点」は、そのまま政策面に通じるように思える。そうでないことを期待したい。

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