富士通が農業とITの融合ビジネスを加速させている。2014年8月4日には、人気が高い日本酒「獺祭(だっさい)」を製造する旭酒造と提携し、原料米である「山田錦」の生産量増加をITで支援すると発表。8月18日には自社が運営する「会津若松Akisaiやさい工場」を拠点に、近隣の大学や病院などとのコラボレーションを推進することを発表した。それにしてもなぜ富士通が農業なのか?百聞は一見にしかずとばかり夏のある日、同工場を取材した。
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だが生産は大変だ。クリーンルームで作業するには、専用の長靴や全身を覆うスーツ、ヘアキャップと頭部カバー、手袋やマスクを装着したうえで、手袋と長靴を消毒液に浸して殺菌。さらに強力なエアシャワーを浴びなければならない。手袋やマスクは使い捨てなのでコストがかかる。水や養分、温度や湿度、気流を含めてコントロールしたり、生育状況と合わせたデータを日々取得したりする機器もコスト増の要因になる(写真4)。
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実際にレタスを生産しているクリーンルームは、面積が1383平方メートル(テニスコート5面分)、高さが6メートル程度の空間。単位面積当たりの生産量を増やすために、縦方向に栽培用のポッドを積み上げた多数の棚で構成されている(写真5)。これが畑の畝に相当するわけだが、図書館の書庫のようなイメージだ。
栽培環境を緻密に制御するため、生育段階に応じてレタスを何度も違う棚に移す(写真6)。棚から棚にレタスを移す作業は人手で行っている。自動化しないのかとの問には、「ある程度の量産は可能になりましたが、まだ試行錯誤していることも少なくありません。自動化には本格的な設備投資が必要なので、もう少し栽培ノウハウを蓄積する必要があります」(宮部氏)との回答。現時点の1日当たり収穫量は約3100株だという。
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肝心の品質はどうか。市販のレタスと食べ比べると、食通ではない筆者でも違いは明確だった。普通のレタスには苦みがあるが、富士通製レタスにはそれがほとんどなく、ほのかな甘みを感じた。袋詰めされて数日経ったものでもシャキシャキ感があった。
余談になるが、富士通は、このレタスを医療関係や食品事業者向け以外にも市販してもる。その値段は40g×5袋入りで1680円。これは「一般のレタスに比べ3〜4倍」(宮部氏)という。
こう見てくると、単に「半導体工場に空きができたから野菜を作ってみた」というレベルではなく、富士通が本気であることが分かる。Akisaiやセンサーネットにより既存の農産物の生産安定化や生産性向上をサポートし、従来なかった機能性野菜については、自ら栽培方法を確立して生産する両面作戦なのだ。
背景にあるのは農業の将来性。IT融合やIoTという言葉を持ち出すまでもなく、オランダを世界第2位の食料輸出国にした“トマト工場”をはじめ農産物の生産をITによって緻密にコントロールする動きは世界的なトレンドだ。世界的な人口増加の中で食料生産の必然性は高い。少し前、富士通のある役員から聞いた「当社は数年後に野菜も作るIT企業になっているでしょう」という言葉は、あながち冗談ではなかったのかも知れない。