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【第45回】香港のプロジェクトは落札できた、だが

2016年10月14日(金)海野 惠一(スウィングバイ 代表取締役社長)

香港の鉄道カードシステムの入札に向けては、競合相手だった北京鳳凰との間に信頼関係を築くことに成功し、受注できる見込みが立った。だが、入札金額に余裕はなく、さらなるコスト削減策が必要だった。ホテルに戻った日本ITCソリューションの三森事業部長と佐々木課長は、ホテルのバーでコスト削減策について話をしていた。

 その1週間で佐々木は、できるだけのことをやった。だが、やはりコスト面だけはすっきりした解にはならなかった。7月15日の入札日、入札資料の提出は森山に頼んだ。8月中旬の当局への説明も大した質問もなく終了し、9月25日には難なく落札することができた。その間に佐々木は2度、北京を訪問し、北京鳳凰側のプロジェクト責任者になった邱と仔細を打ち合わせた。

アジアに出ても競争相手は中国企業であることは変わらない

 落札の報告を受けて日本ITCソリューション社長の高橋から会食の誘いが佐々木に届いた。10月16日と日時は指定されていた、北京行きを調整して出席した。会食には苑田専務と三森事業部長の2人も呼ばれていた。場所は東京・有楽町にあるペニンシュラホテルのヘイフンテラスだった。佐々木は一度、お客さんの招待で昼食を食べたことがあり、クルミナッツが最高だったのを覚えている。料理よりも、そのナッツをお代わりして食べ過ぎたのだった。

 三森事業部長と一緒にヘイフンテラスに着いたのは6時ちょっと過ぎだったが、社長はまだ来ていなかった。レストラン横の待合所でお茶を飲みながら20分ほど待っていると、社長と苑田専務が現れた。

 「やあ、みなさん今回のプロジェクト落札、おめでとう。ご苦労様でした」

 そう言って社長はさっさと中に入っていった。予約されていた個室に三森と佐々木も移った。みんなが席に着くと社長が言った。

 「今回は香港の仕事なので、ここにしたよ。広東料理だ。ここの味は珍しく香港のペニンシュラで食べるのと同じです。以前は香港の方が安かったけれど、最近は円安と香港の物価高のせいで値段は香港の方が高くなってしまったようです。コースは頼んであります」

 苑田専務が三森と佐々木の2人を慰労した。

 「2人ともご苦労さまでした。香港と北京を行ったり来たりで大変でしたね。私は正直、今回のプロジェクトは相手が新興企業の北京鳳凰なので勝てないと思っていました。よくやってくれました。感謝しています」

 最初の料理が出始める中、三森が応えた。

 「ええ、我々も今回は中国の新興企業相手では勝てそうにないと思っていました。ご存じのように中国企業は、中国鉄道に象徴されるような安値攻勢をかけてきます。コスト割れするようなことも平気で仕掛けてきます。さらに急成長している企業は、それに見合った投資もしてきますので、低成長期にある我々の投資金額とは桁が違うようになっています。そして中国の場合は国が大きいだけに、思い切って投資をして倒産する企業が多く成功する企業がわずかでも、その数が多いので目立つのです。そんな状況下でしたが、佐々木さんが本当に頑張ってくれました。

 今回は香港で中国企業と戦いましたが、これは香港だけでなく、アジアのどこの国でも同じでしょう。日本企業は中国がダメだからアジアに出ようとする企業が多いわけですが、アジアに出ても競合相手には必ずと言っていいほど中国企業が進出してきています。中国で勝負しようがアジアで勝負しようが競合相手は中国企業だということです」

(以下、次回に続く)

海野恵一の目

海野惠一

 三森が社長に言っているように、日本企業が中国を避けてアジアに出て行っても、結局、競争相手は中国企業だと言える。日本企業は、中国市場においてもアジア市場においても、中国企業との争いは避けられない。

 中国は人口が多いだけあって企業の数も多い。各社とも中国国内で熾烈な競争を繰り広げている。もちろん、チャレンジする企業の背後には倒産する企業もたくさんある。それだけに勝ち残った企業の成長率は、小説にある北京鳳凰のように中途半端ではない。そして彼らが今、日本をはじめとしてアジアに進出してきている。そうした企業と低成長に陥っている日本企業は戦わなければならない。

 もう1つ、日本企業は大きなハンディを持っている。言葉と商慣習の壁だ。日本企業は、そのほとんどが日本市場でしか戦ってきていない。海外で販売している比率が30%を越える企業が未だに多くないことが、それを物語っている。

筆者プロフィール

海野 惠一(うんの・けいいち)
スウィングバイ代表取締役社長。2001年からアクセンチュアの代表取締役を務める。同社顧問を経て2005年3月退任。2004年にスウィングバイを設立した。経営者並びに経営幹部に対するグローバルリーダーの育成研修を実施するほか、中国並びに東南アジアでの事業推進支援と事業代行を手がけている。「海野塾」を主宰し、毎週土曜日に日本語と英語での講義を行っている。リベラルアーツを通した大局的なものの見方や、華僑商法を教えており、さらに日本人としてアイデンティティをどのように持つかを指導している。著書に『これからの対中国ビジネス』(日中出版)、『日本はアジアのリーダーになれるか』(ファーストプレス)がある。当小説についてのご質問は、こちら「clyde.unno@swingby.jp」へメールしてください。

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