香港の鉄道カードシステムの案件は無事、日本ITCソリューションが落札することができた。その後、課長の佐々木は、パートナーとなった北京鳳凰との打ち合わせのため2回北京を訪問した。そんな折、高橋社長から食事に招待される。苑田専務と三森事業部長が同席するなかで佐々木は、今回の受注成功の要因を社長に説明することになる。
「中国で勝負しようがアジアで勝負しようが競合相手は中国企業だということです」
事業部長の三森が高橋社長に訴えた。
「そうだな、それは分かっている。これまで我々は、そうした中国企業との戦いに負け続けてきた。最初から安値攻勢をしてくるから、そこでまず怖じ気づいてしまうのか、勝てない。顧客への攻勢も我々とは違って、様々な手口を使ってくるけれど、我々は正面から正々堂々と攻めるだけなので負けてしまうんだな。どれだけ叱咤激励しても、万事が万事そういう調子だから、ことごとくダメだった。それにしても今回、入札で勝てたのには、どんな要因があったんだろう」
社長の問いかけに対し佐々木は、孫子の兵法の謀攻篇にある5つの視点を参考に作った5項目を思い起こした(第13回参照)。そして、これまでを振り返って思いつくままに答えた。
「第一に、どんなことをしても勝つという信念を持ちました。
第二に、ありとあらゆる手を尽くしました。
第三に、競合相手からの信頼を得るにはどうすれば良いのか腐心しました。
第四に、競合相手に誠心誠意を尽くしました。
第五に、我々と相手の文化が違うということを認識したうえで行動しました。
第六に、彼らの精神の拠り所になるものは何かを考えました。
第七に、彼らが何を考え我々をどう評価しているかを彼らの立場になって推察しました。
第八に、相手の策略と弱点を読みました。
第九に、どんなことがあっても相手に食いつきました。
第十に、相手にメリットを与えることは何かを真剣に考えました。
これら10の要因が今回の勝利につながったのではないでしょうか?」
「凄いなぁ。そうした戦術をどこで習得していたのかね?ところで、6番目の『彼らの精神の拠り所となるもの』とはどういう意味かな?」
「その精神の拠り所となるものとは、彼らの価値基準のことです。中国人がかつて拠り所にしていた『五常』すなわち『仁・義・礼・智・信』と『五倫』すなわち『父子』『君臣』『夫婦』『長幼』『朋友』に対する道徳的法則が、それです。ただ先程申し上げた10項目の戦術は事前に習得していたわけではありません。個々の場面で毎回対応した結果、これら戦術を経験できたのです」
「と言うことは、そうした戦術を編み出す下地となったものがあるということでしょう。日頃から我が社ではグローバルリーダーとして3つの要素を掲げてきました。1つは英語ができること。2つ目は専門性を磨くこと。3つ目は仕事ができることです。これら3つを体得できるよう研修プログラムには膨大なコストをかけている。結果として、3つの要素を満たす人材は社内に大勢いるわけだが、海外での勝負には勝てない。それは、なぜなのかな」
「社長、そうした3要素は私も入社当時から耳にしています。私もグローバルリーダーになりたくて当社に入社しました。3要素についても、入社時に人事から聞いておりましたので、それらを身につけようと、この10年必死になって勉強したり、仕事の上で努力したりしてきました。しかしながら、それだけではグローバルリーダーには、ほど遠いことが今回の仕事ではっきりしました」
今までの育成方法ではグローバルリーダーにはなれない
「それはどういう意味だ?」と社長は再び、佐々木に尋ねた。
「その3要素は、グローバルリーダーになるための必要条件ではあっても十分条件ではないと思うのです。
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