働き方改革は、今、日本企業が取り組まなければならない、最重要課題の1つになっている。しかし、その対象はあまりに広範囲にわたるため、どこから手を付ければよいのかわからない、現在進めている取り組みで十分か不安だ、という経営者やプロジェクト担当者も多いだろう。そこで本稿では、PwCコンサルティング合同会社の本間章弘氏による講演から、働き方改革のあるべき姿、正しい進め方について、迫ってみたい。
全社横断のプロジェクト・チームで全体最適の視点を
本間氏のセッションは、株式会社アシストが2017年7月28日に催したセミナー、「ワークスタイル改革×セキュリティの勘所」内で行われたもの。
冒頭、本間氏は働き方改革の背景にある「労働人口の減少」、「先進7カ国中で19年連続最下位という労働生産性の低さ」を示したうえで、「労働者のパフォーマンスいかに引き上げるか」が働き方改革における最優先課題であると強調した。生産性の向上なくして、労働時間の削減はありえないし、育児・介護でフルタイム勤務が難しい人材の活用も、ベースとしての生産性の向上があればこそと言えるからだ。
この観点から日本全体で取り組みが広がっているのが、テレワークだ。テレワークには、効率性・生産性の向上や移動時間の減少・有効活用、ひいては労働時間の削減といった効果が期待できるが、テレワークだけで働き方改革が成し遂げられるかと言えば、それは難しい。
働き方改革の施策は多種多様だ。例えば、「フリーアドレスの導入」や「勤務制度の見直し」、「目的に沿ったITツールの導入」など、対象の異なる様々な施策がある。ITツールだけにしても、モバイル端末やクラウドサービスの活用、デスクトップ環境をどこからでも使えるようにするVDI、人材育成・活用のためのシステム、さらには、定型作業を自動化するRPA等、数え上げればキリがないほどのソリューションが、働き方改革をキーワードに提供されている。
すなわち、企業には、多種多様な施策の中から、自社に合ったものを選び、うまく組み合わせてバランスのよい働き方改革を進めることが求められているのである。
「バランスのよい働き方改革」の実現が困難であることは言うまでもないが、それを目指すうえで重要となるのが、全体最適の視点だと本間氏は指摘する。
「働き方改革のプロジェクト・チームは、制度面は総務部を中心に、IT基盤はIT部門を中心に構成されることが多いが、限られた担当部署だけでプロジェクトを進めようとすると、事業部門の視点が欠けてしまい、実効性のある施策にならないおそれがある。社内横断型のプロジェクト・チームを作り、全体最適の視点で施策を検討することが重要だ」(本間氏)。
例えば、営業部を対象にテレワークを試験導入するケースはよく見られるが、その取り組みが他の部署の社員にまったく知らされていないと、いざ全社導入となった段階で、抵抗勢力が湧き出てきてプロジェクトが頓挫するおそれがある。
部署限定の試験導入が悪いということではない。むしろ、小さく始めて早い段階で課題を洗い出し、丁寧に潰していくことは、施策の実効性の向上をもたらす上策である。問題は、試験導入だからと言って、情報を部署内に閉じ込めてしまうことだ。最終的に全社導入を見据えるならば、最初から全社プロジェクトとして進めるべきであり、そこでの議論も全社員にオープンにするべきであろう。
働き方改革の施策を入れる4つの「箱」
さて、全社横断的なプロジェクト・チームを結成しても、それだけで全体最適の視点が持てるわけではない。本間氏は、働き方改革の4つの構成要素、「組織構造・業務プロセス」、「人材・カルチャー」、「ルール・制度」、「テクノロジー・ファシリティ」を示したうえで、各構成要素ごとの視点を持つことが、全体最適に繋がるという。
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この4つの構成要素は、そのまま個別の小さな施策が収まる「箱」にもなるという。例えば、テレワークを導入する場合は、勤務制度の変更と、リモートで業務を行うためのテクノロジーが必須となる。社員の意識改革も必要だ。さらに、紙の書類で回している業務プロセスがある場合は、ペーパーレス化することが望ましいし、サテライトオフィスの設置などファシリティ面の施策が必要になることもあるだろう。
このように、1つの大きな施策を検討する際は、4つの視点で分解し、実行しやすい小さな施策にして箱に入れる。このようにブレイクダウンしていくことで、施策を具体化しつつ、抜け漏れを防ぐことができるわけだ。
また、そもそも論として「どんな働き方を目指すのか、理想像(ビジョン)を掲げて全社で共有することが重要」と本間氏は言う。
下の図は本間氏が示した働き方改革のフレームワークだ。まずビジョンを定め、現状の働き方との間にあるギャップを明確化する。そのギャップを4つの視点で分解して、個別の施策に落とし込み、実施していくというわけだ。
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働き方改革に限らず、何らかの施策を検討する際、課題から入る企業は多い。例えば、「歩留まりが悪い」とか「残業時間がなかなか減らない」などだ。認識している課題を何とかしようというのは、至極まっとうな発想であり、対策も具体化しやすいのだが、問題もある。それは、当面の問題を解消するための、戦術レベルの施策に陥ってしまうことだ。
例えば、残業が減らないからと言って、短絡的にノー残業デーを導入するのが下策であることは、ご理解いただけよう。生産性の向上に対する手当がないままに、単に労働時間を制限しても、自宅に持ち帰っての隠れ残業が横行するなど、悪影響さえ及ぼしかねない。
言うまでもなく、働き方改革は、顧客・株主・従業員にとって自社がどのような会社であるべきか、企業姿勢が問われる重要なテーマであり、そこには企業戦略が必要になる。この部分をしっかり検討しておくことが、自社にとって「バランスのよい働き方改革」を考えるうえでの鍵になるはずだ。
PwCで実践されている働き方改革
本間氏のセッションでは、PwCコンサルティングで実施されている働き方改革も紹介された。PwCコンサルティングでは大別して8つの取り組みが行われているそうだが、セッションで紹介されたのは、「テクノロジー・ファシリティ」に分類される2つの取り組みだ。
●ITインフラとしてG Suiteを活用
PwCグループでは、グローバルでGoogleのG Suite(旧称Google Apps)を採用している。改めて説明するまでもないだろうが、G Suiteはクラウドストレージ、ドキュメント、メール、チャット、ビデオ会議など、オフィスワークに必要な生産性ツールとコミュニケーションツールを網羅したスイートサービスであり、クラウド対応オフィススイートとしては、Microsoft Office 365と双璧を成すサービスである。
「すべてのオフィス環境を持ち歩くことができ、Web会議やチャットでリアルタイムのコミュニケーションが可能。Web会議しながら共同編集でドキュメントを作成するなど、ツール間連携で相乗効果も期待できる」(本間氏)。
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●フリーアドレスと打ち合わせ・会議スペースの工夫
ファシリティ面では、フリーアドレス制の導入と並行して、打ち合わせ・会議スペースを工夫しているという。具体的には、Web会議用の一人向け会議室を設置しているほか、ファミレスのボックス席のようなミーティング・スペースを用意しているそうだ。
会議室予約システムを導入している企業は多いが、個室の会議室はちょっと打ち合わせをしたいというときに、気軽に使えなかったりするものだ。打ち合わせ・会議スペースを多様化することは、社内のコミュニケーション促進、コラボレーションの向上に効果が高いそうだ。
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働き方改革に関しては、労働時間や休暇制度など法制化が進んでいる領域もあり、そうした領域ではあまり時間を掛けられる状態ではなくなりつつある。しかし、コンプライアンスのための制度改革と、企業があるべき姿を追求するための働き方改革は、この際切り離して考えてもよいのではないだろうか。
確かに、働き方改革は流行りのキーワードであるが、テクノロジーが日々進化し、働き方に対する社会の認識も移り変わっていく世の中では、企業の働き方改革も定期的にアップデートされてしかるべきだ。終わりのない取り組みであるならば、企業はじっくりと腰を据えてこのテーマと向き合っていく必要があるだろう。