“支援と精査”が導くイノベーション─スタートアップとエンタープライズの新しい関係性
2018年2月21日(水)五味 明子(ITジャーナリスト/IT Leaders編集委員)
続々と登場するスタートアップ企業がイノベーションの一翼を担う米国に比べて、日本にはその土壌や文化が未成熟と前々から指摘されてきた。しかし、ここにきて企業規模や知名度に関係なく、独自性のある新興企業をフェアに評価し、時には積極的にタッグを組んだり、買収という形で相乗効果を狙ったりという動きが活発になってきた。スタートアップとエンタープライズの距離が確実に縮まりつつあることを感じさせる取材ネタを元に、あらためて両者の関係を考えてみる。
世界中の企業のデジタルトランスフォーメーションを支えるAIとIoTという2つのITトレンドは、もしかしたら日本のスタートアップとエンタープライズの関係を大きく変えつつあるのかもしれない──。
ここ数年で起業したB2Bスタートアップの中にはAIやIoTにおけるコンピテンシーが非常に高い企業が多く、たとえば2017年8月にKDDIグループの傘下に入ったIoTスタートアップのソラコム(https://cloud.watch.impress.co.jp/docs/news/1075311.html)のように、エンタープライズがビジネスパートナーとしてスタートアップを選ぶケースも増えてきた。トヨタから100億円を超える出資を受けたIoT/ディープラーニングにフォーカスするPreferred Networks、コマツや中部電力など多くの大企業にそのAI技術を採用されているABEJAなど、国内だけでなくグローバルでその実力を認められている企業も少なくない。AIとIoTがトリガーとなり、デジタルトランスフォーメーションという課題をクリアするため、スタートアップとエンタープライズの距離が確実に縮まりつつある。
下請け企業ではなく、対等なビジネスパートナーとしてスタートアップとエンタープライズが協業する - そんなシリコンバレーのような風景が日本でも日常的に見られる日は来るのだろうか。今回は年初に取材した2つのプロジェクトから、スタートアップとエンタープライズの新しい関係性の可能性を探ってみたい。
エコシステムの提供によりスタートアップの成長を支援するSalesforce.com
「セールスフォースタワー(米サンフランシスコ市街地に位置する61階建て/326mの超高層ビルで、Salesforce.com本社オフィスが入る。2018年1月開業)を建てられるような企業がまた新たに誕生してほしい、それがSalesforce Venturesの願いだ」──。Salesforce.com(以下、SFDC)の戦略的投資部門であるSalesforce Venturesで日本代表を務める浅田慎二氏は1月に行われたプレス向けセミナーでこう語った。
2009年の設立以来、14カ国200社以上のクラウドベンチャーに投資してきた実績を誇るSalesforce Venturesだが、日本においてもSansan、マネーツリー、トレタといった先進的なクラウドサービスを提供するスタートアップに投資、その数は7年間で34社に上る(2017年1月時点)。投資先企業の多くが「App Cloud」を基盤としてアプリケーション開発に取り組んでいる。
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“国内で最もアクティブな外資系コーポレートベンチャーキャピタル”を自認するSalesforce Venturesは「(クラウドベンチャーに)投資するだけではなく、投資先企業に3つの付加価値を与えることをミッションとしている」(浅田氏)という。
その3つとは、SFDCの開発チームやパートナー企業、ベンチャーキャピタルなどSFDCエコシステムへの「アクセス」、ビジネスモデルやマーケティング、資金調達などに関する「アドバイス」、そして顧客や投資家、従業員に与える「信頼」だ。この3つの付加価値が投資先のスタートアップのバックグラウンドを構成し、イノベーションの担い手としてスピーディに成長するカギとなる。つまり、SFDCからの投資によって事業規模を拡大しつつ、その成長とともにSFDCエコシステムの一員となるしくみが提供されているというわけだ。
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