働き方改革では、ITツールの活用やテレワーク・モバイルワークなどの勤務制度改革などに注目が集まりがちだが、それらと並んで重要なのが、オフィス空間である。環境を変えれば、ワークスタイルも変わる。本稿では、これからのオフィスに求められる役割について考えてみたい。
デジタル化した未来、人間が行うべき仕事とは
「このままAIが進化したら、人間の仕事の大半が奪われる」──。よくあるAI脅威論だが、多くのAI研究者はそれは間違いであり、そのとき人間は人間にしか出来ない仕事をしていると言う。一方で、AI脅威論は現実のものだと肯定する研究者もいる。
どちらの言うことが正しいのだろうか。実はどちらも正しい。例えば、運転手。車の運転が人間にしかできない仕事でなくなる未来が、すぐそこまで来ている。3月にUberの自動運転車が起こした歩行者死亡事故はショッキングだが、自動運転車禁止という動きにはなっていない。これもより安全な自動運転車を実現するために越えなければならないハードルとして見られている。
現在50歳の運転手は、定年年齢まで今の仕事を続けられるかもしれない。だが、40歳の運転手がどうかと問われれば、それはかなり疑わしい。運転手という職種においては、AI脅威論の正しさは誰もが鮮明にイメージすることができる。
では、自動運転車に仕事を奪われた運転手は、そのときどうしているのか。生活を守るために何か別の仕事をしているはずだ。それが生産的で人間味あふれる仕事かどうかはさておき、その時点の技術レベルで自動化できない仕事をしているのだろう。「人間は人間にしか出来ない仕事をしている」わけだから、AI脅威論否定派の言うことも正しいことになる。
ここでは運転手を例に出したが、同じことは他の職種でも起こる。証券トレーダーなどはいい例だ。クリエイティブな仕事の代表格とも言えるコピーライティングでさえ、AIが肩代わりしようという時代である。AIで代替可能な職種は、消滅することはないかもしれないが、職業人口の減少は免れないだろう。いずれにせよ、現在の仕事のやり方に固執すると、職を失うことになりかねない。これに関しては、誰もが同意せざるを得ないだろう。
ビジネス創出こそ人間の仕事に
デジタル技術の活用で、人間がやらなくてもよい仕事が増えてきたとき、人間がやるべき仕事とは何か。それはすでに形作られたビジネスを回すことではない。まだ形になっていないものをビジネスにすること、すなわち「ビジネス創出」が有力候補であろう。
ビジネス創出と言うと、いかにも大げさで「私にはとても無理」という人が多いかもしれない。確かに、いままで存在しなかった画期的なビジネスを考案するというのは、誰もができることではない。しかし、それだけがビジネス創出ではない。
例えば、自社がある業界向けに提供している商品・サービスがあるとして、ほかの業界にも売れるようにできないか考える。その業界にどんなニーズがあり、どれくらいの市場規模が見込めるのかを調べ、商品・サービスのどこを変えれば適応できるか検討する。こうした既存ビジネスのモディファイ、ブラッシュアップも立派なビジネス創出だ。
あるいは、業務プロセスの改善も、広義のビジネス創出と言えるかもしれない。プロセスの見直しで、コストダウンやサービスデリバリーの迅速化が実現できれば、既存ビジネスの価値を高めることができる。ビジネスに良い意味での変化を与えることが、人間がやるべき仕事ということになろう。
「1人あたりの労働生産性」の落とし穴
ここまでの議論を踏まえて、どのような働き方改革が必要かを考えてみよう。
働き方改革の必要性を説く議論では、必ずと言っていいほど、「日本は1人あたりの労働生産性が低い」というデータが出てくる。公益財団法人 日本生産性本部の『労働生産性の国際比較 2017年版』によると、日本はOECD加盟35ヵ国中21位であり、言われるとおり低い。確かに低くて問題ではあるのだが、“1人あたり”という部分が、情報の受け手をミスリードしかねないようにも感じる。
ミスリードと言うのは、このデータを前提にすると、「個人の生産性・能力を高めよう」という方向に議論が収束しがちではないかということである。
国の1人あたりの労働生産性とは、単純に言えばGDPを就業人口で割ったものだ。これを会社に当てはめるなら、営業利益を従業員数で割ったものが、その会社にとっての1人あたりの労働生産性となる。つまり、RPAツールで定型業務を自動化してより多くの仕事がさばけるようになれば、人間の生産性を上げなくても、1人あたりの労働生産性は向上する。
また、売上を増やすにしても、必ずしも営業担当の個人ノルマを引き上げる必要はない。例えば、B2B企業の場合、商品・サービスのオンライン販売を行っておらず、問い合わせベースというところがまだまだ多い。これを消費者向けショッピングサイトのように、オンラインだけで購入できるようにする。むろん事前の取引先登録などは必要だろうが、これなら営業担当者の負担を増やさずに売上を拡大できる可能性がある。
個人の生産力とチームの生産力は違う
もちろん、人間の生産性向上が不要なわけではない。ただし、その対象として個人にフォーカスしすぎると、副作用が生じかねない。
個人の多様な働き方を支援する施策、具体的にはテレワーク・モバイルワークの推進、早朝出勤など勤務時間帯の自由化などは、労働力不足の解消に役立つし、従業員にはワークライフバランスの実現というメリットをもたらす。
一方、テレワークやモバイルワークが浸透して、必要なときだけオフィスに来るというスタイルが定着すると、チーム内のコミュニケーションが停滞する恐れもある。チャットやWeb会議などの新たなコミュニケーション・ツールはあるが、それでカバーできる部分には限りがある。
では、ツールでカバーできない部分はどこかと言えば、それは雰囲気とか空気感といったリアルな空間に漂うものである。例えば、隣の席から「あー、もうっ」というボヤキが聞こえたら「どうしたの?」と声をかける。そうした何気ない会話をきっかけとして、解決する問題や発展するアイデアがある。何か気になったことを相談しようにも、モバイルワークで遠隔地にいる同僚は、今話しかけてよい状況かどうかがわからない。オフィスでよくやる「今ちょっといい?」がしにくい。
チームで1つの仕事をしようというとき、チームの生産性を上げるには、チーム・メンバーが一堂に会し、空気感を共有するのが理想だ。Web会議には遠隔地のメンバーも容易に参加できるというメリットがあるものの、あくまでも次善の策である。
新時代のオフィスのあり方は「共創」の場
テレワーク・モバイルワークの環境が整備されれば、個人のタスクはどこにいてもできる。となればこれからの時代に、オフィス空間に求められるものは、チーム作業を円滑に行うための場ということになるだろう。ふと思いついたアイデアをその場で共有し、意見を出し合いながら発展させる。これからのオフィスは、そうした作業をスピーディかつ効率よく行える場になるべきだ。
そうした目で見ると、現在一般的なオフィス(個人のデスクが並んだ執務スペースと、会議室や打ち合わせスペースが分離されたオフィス)は、個人作業に最適化されすぎている。何か相談したいこと、決めたいことが発生したときに、メンバーの都合を調整して会議室を確保しているのでは遅すぎる。また、アイデアを練ってビジネスプランにまで昇華させようという目的に対し、閉鎖的な会議室は不適当だ。
自由な議論と斬新な発想を促すには、よりオープンで時間を気にせずに使えるスペースが望ましい。それでは、具体的にどのような空間が望ましいのか。そのお手本となるのが、富士通が東京と大阪に開設している「FUJITSU Knowledge Integration Base PLY(プライ)」(以下、PLY)だ。
PLYは、クリエイターや専門家、研究者などが集い、お互いの知と知を紡いでアイデアをかたちにする共創の場として造られたものだ。コワーキングスペースのほかに、3Dプリンターやレーザーカッターなどを備えた工作スペースが用意されており、デジタル時代のものづくりを実践できる空間となっている。
このようなスペースを企業が社内に設置すべき理由とは何だろうか。特に、すでにフリーアドレス制を導入している企業は、疑問に思うだろう。実際、社内スタッフのチーム作業を円滑にするという目的には、フリーアドレスでも十分かもしれない。だが、フリーアドレスを導入している企業でも、そこに入れるのは社内の人間のみというケースが多い。
ビジネスのデジタル化が急速に進む現在では、必要なビューマンリソースを、自社ですべて賄うのは非現実的だ。プロジェクトの目的や利用する技術など、その時々に応じて、必要な知識やスキルを備えた外部スタッフをプロジェクト・チームに招き入れる必要がある。そうなったときに、社員専用のフリーアドレス・オフィスは役に立たない。
ネットワーク用語では、外部からのアクセスを許可するゾーンをDMZ(非武装地帯)と呼ぶが、外部人材の活力を自社のビジネスに取り込むのであれば、社内の人間と外部スタッフが一緒に作業できるDMZがオフィス内に必要である。
そうした場所に社内外のチーム・メンバーが集って、それぞれ自分のタスクをこなしながら、必要になったら、すぐ打ち合わせを行う。その場にいないメンバーも、Web会議で参加できればベターだ。重要なのは、思い立ったときに声をかけてすぐ行動に移すスピード感であり、打ち合わせで決まったことを共有して、次のステップに進むことだ。
PLYでは、セミナーやワークショップなどのイベントを随時開催しているので、企業内コワーキングスペースのモデルルームとして訪れてみるのもよいだろう。
●FUJITSU Knowledge Integration Base PLY
http://www.fujitsu.com/jp/services/knowledge-integration/ply/