ジャパンシステムは、2018年4月に熊本県天草市と協定を締結し、「地域創生型研究開発センター」を開設している。地域人材の雇用、地域社会との交流を通じて天草市が直面している課題を抽出するとともに、自社のICT技術を活用することで、実証的手法に基づいた解決策を提示・実践するための拠点だ。そこでは当然、AI・RPA ・IoTなどといった最先端技術の活用が不可欠として、「Made in AMAKUSA」を合言葉に地域社会の自立的・持続的な経済循環・共生システムの実現に取り組んでいる。ジャパンシステムは、天草の研究開発センターで実用性・機能性を確立した上で、地域の共通課題に対するソリューションを全国展開していこうとしている。
地方のDXから「第4次産業革命」のスタートを切る
AIを基軸に、IoT、ナノテクノロジーなど、さまざまな先進技術の間の垣根を越えた技術融合による「第4次産業革命」が強烈なインパクトで迫っている。米国などでは、GoogleやAmazon 、Microsoft といった巨大 IT 企業の研究所が、 スタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学など、これまで華々しい成果を上げてきた主力大学の研究機関を凌駕する規模で、これらの基礎研究に臨んでいる。
その中で国際競争力を維持・強化していくことを目的に、日本では現在、経済産業省と文部科学省の共管で、「理数系人材の産業界での活躍に向けた意見交換会」を実施し、将来へ向けての施策策定を急ピッチで進めている。
一方、「第4次産業革命を地方から」と叫び、独自の展開で次なる時代の創生に挑んでいるのが、自治体向けソリューションを展開するジャパンシステムである。天草市に「地域創生型研究開発センター」を開設し、行政・企業・教育機関・住民と連携しながらICTを活用して新たな価値を創出して地域に貢献するとともに、それをベストプラクティスに横展開を行い、全国の地域が抱える共通課題の解決にチャレンジしていこうとしている。
総務省ではこれまで、行財政基盤の強化を目的に「市町村合併後の自治体数1,000を目標とする」という方針を推進、市町村数は3,232から1,760まで1,500近く減少したものの、目標には届かなかった。1,760ある市町村のうち、約60%が人口5万人以下の自治体であり、人口減少、少子高齢化、産業の衰退など、共通する課題が山積していることは、想像するに難くない。そこで、多くの自治体にソリューションおよびサービスを提供してきたジャパンシステムが、使命感を持ってICTによる自治体変革を促していこうというわけである。
いうなれば、2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が提唱した「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念を踏まえて、現在、経済産業省が省内で推し進めている「デジタルトランスフォーメーション(Digital transformation: DX)」の地方行政版ともいえる。
その中にあって、同社代表取締役社長の井上修氏は、次のように言い切る。
「確かに国策としての“第4次産業革命”には、エッジの効いた天才的なデータサイエンティストの存在は不可欠。しかしながら、ITを“人間の生活を良くするための道具”として考えるのであれば、優れたアルゴリズムを創出することのみならず、それらを利用して現場密着型で利活用していく人材を育てていくことも大切」
確かに我が国が抱えている課題の多くが、「東京一極集中」に伴う地方の疲弊に起因していることも事実である。それだけに、地方の共通課題を克服・解決していくことも、重要な国策の1つと言える。天草市における「地域創生型研究開発センター」の試みは、その延長線上にあると言える。
実証的手法によりソリューションを創出
ジャパンシステムが天草市に「地域創生型研究開発センター」を開設したのは、2018年4月。その後、同年11月にICT技術を活用して、地域課題解決ソリューションを実証的に開発するための「デジタル行政共同実証・研究事業に関する協力協定書」を締結した。
「東京の会社が上から目線でソリューションを押し付けるということだけは避けたい」(井上氏)と考え最初に行ったのが、行政(市役所)との徹底的なブレーンストーミングによる課題の洗い出しである。そこでは、実際に多くの課題が山積していることが把握できた。
議論を踏まえてプライオリティを設定し、行政経営効率化の一環として最初に取り組んだのが、RPA(Robotic Process Automation)を利用した「住民サービスの向上」と「内部事務情報処理」の効率化である。RPA テクノロジーズの「BizRobo!」をプラットフォームとしたものだが、これらの業務でRPAを先行した理由は、市役所職員の「行政にとっての最大の使命は、住民へのサービス。その領域には、まだまだポテンシャルがあると実感している。しかし、現状は住民とコミュニケーションを取りながら、新しいサービスを生み出していく余裕がない」という切実な要請に応えたものだ。
実際、住民サービスや内部事務処理には数多くのプロセスが存在し、職員から余裕を奪っていた。現段階で約50プロセスにおいて、ロボットによる自動化を実現している。すでにロボットのキャラクターも登場、その愛称を募集するほど定着しつつあるという。
現在はその効果検証を行っている段階であり、そこでは「半日かかっていた業務が5分に短縮された」という実証結果ももたらされている。次年度への計画と取り組みの策定に向けて、職員からは「これで、ようやく本来業務への取り組みに手が届くようになった」と期待と評価が高まっている。
「ここでのポイントは、生産性の向上です。生産性とは、生産要素への寄与度、資源から付加価値を産み出す際の効率を意味しますが、限られた人的リソースを本来の住民のためのサービス向上・創出に投入していく上で、最も大切なのはその“時間”を生み出すことに他ならないからです。コスト削減や売上に直結する企業における生産性とは少し意味合いが異なるかもしれませんが、天草において明るい兆しが見え始めてきたことは確かです」(井上氏)
次年度からの展開では、「With AI」というコンセプトで臨んでいく方針も定まった。RPAの適用領域もまだまだあるが、その中には「判断」を伴うプロセスも少なくない。そこでAIを活用することで、さらなる効率化、スピードアップを図っていこうというのが目的だ。しかし、これまで人間が行ってきた「判断」をAIに代替させるには、明確なロジックが必要であり、そのための分析・解析を行う人材が求められる。
「それだけに、AIなどの最新技術の応用・活用を担っていく次世代の人材には、コミュニケーション力を発揮して、観察・理解・把握することで課題解決を模索し、具現化する能力を身に付けて欲しいと考え、育成を図っています」(井上氏)
世界遺産登録決定に伴う新たな課題も
天草市は、熊本県下において熊本市・八代市に次ぐ人口8万3080人(2017年3月末現在)を擁する都市である。これまでは農業・漁業・林業、そして日本一といわれる陶石産地などを背景に、地元産業の維持・強化に力を注いできた。その天草市が2018年6月30日、「潜伏キリシタン関連遺産」として、世界文化遺産への登録が決定した。
これを受けて同市では、観光施策の再構築を余儀なくされることとなった。市内には第3セクターの天草エアラインが就航する天草空港があるが、便数も少なく、機材・輸送量にも限りがある。一方、離島でありながら本土と橋で繋がっていることもあって、観光客の多くは自動車を利用する。
そこで、観光施策の見直しの一環として、「地域創生型研究開発センター」で実証実験をスタートさせたのが、IoTとAIの融合による「自動車ナンバー解析」である。世界遺産のモデルコースの駐車場などに定点カメラを設置、自動車ナンバーから「どこから来たのか」「どのように移動したのか」などを解析し、観光誘致のための戦略や道路・施設整備などの施策に反映していくことが目的である。
ナンバー解析ソフトには、ジャパンシステムのグループ企業であるネットカムシステムズの「ナンバーアイ」を採用。ビッグデータとして蓄積した後、AIを活用して、観光客誘致のためのマーケティングや施策策定などに活かしていく意向だ。
これは、天草市におけるトピック的な現象ではあるが、インバウンドの拡大が顕著化する中で、「2020年東京オリンピック・パラリンピック」以降、多くの観光都市において共通の課題となる可能性がある。その意味においてこの先進的な取り組みは、ノウハウの蓄積とともに重要性を増していくと考えられる。
この他、IoT領域では、同市の基幹産業である第1次産業を守るという観点からも、台風などによる被害を最小限に食い止めるための防災IoTの検討、猪などの害獣による農作物被害、人的被害をなくすための赤外線カメラとドローンとの組み合わせによる対策などが検討されているという。
●Next:天草市は人口減少と少子高齢化にどんな手を打ったのか
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