[麻生川静男の欧州ビジネスITトレンド]

社会のデジタル化に取り残されたドイツ、移住者らが訴える惨状:第1回

2019年6月12日(水)麻生川 静男

グローバルITトレンドの主要発信源と言えば、やはりハイパースケーラー群を筆頭に有力IT企業がひしめく米国で、ゆえにこの分野の海外ニュースは米国発に偏りがちである。しかし本誌の読者であれば、自動車、電機、運輸、エネルギーといった世界をリードする各産業でITの高度活用に取り組む欧州の動きも追わずにはいられないだろう。本連載では、ドイツをはじめとした欧州現地のビジネスとITに関わる報道から、注目すべきトピックをピックアップして紹介する。

 ドイツは、EUにおいて政治的にも経済的にも枢軸の国である。とりわけ製造業ではフォルクスワーゲン(Volkswagen)やシーメンス(Siemens)など国際的にも有名な大企業が多く、社会的なインフラにおいても世界の先端を走っている──と多くの日本人は考えていることだろう。

 しかし、最近の調査によると、ドイツ社会におけるデジタル化は先進国の中でもかなり劣っているという。同国一流紙のDie Welt(ディ・ヴェルト)のWebサイトに国際機関の調査と、外国からドイツへ移住した人々の辛辣な意見が紹介されている(記事ソース"In keinem anderen Land war mein Datenvolumen so oft verbraucht")。

 記事によると、ドイツのデジタル化の遅れは相当なものだ。それは単に電子決済システムの不備といった社会インフラに起因するだけでなく、ドイツの官僚主義や現金重視といったいささか保守的な国民性も関与している。一見、先進的に見えるドイツ社会の影の部分を見てみよう。

ドイツ国内の多くの店でクレジットカードが使えない?

 最近、米国からドイツへ転勤したErin McBrayerの場合、クレジットカードが使えないことを何度も経験したという。米国ではカード決済がどこでも使えるが、ドイツではそうもいかず、ATM(現金自動預払機)を探すのに苦労したという。

 ドイツでは、いまだに電子決済より現金のほうが好まれるようだ。日本も電子決済先進国に比べれば現金派だが、それでもクレジットカードが普及し、最近ではモバイル決済サービスもたくさん登場している。

 同紙の別の記事は、 2018年になってはじめてドイツの現金決済が50%を下回ったと報じている。しかし、この現金決済もクレジットカードではなく、Girocard(ジローカード)、つまりデビットカードが主流であるのだ。

 ドイツ国内ではいまだにクレジットカードが使えない店も多いようだ。ミュンヘンに本部を置き会員数350万人を擁する世界最大の海外移住支援団体InterNationsの調査によると、クレジットカード利用不備の点がドイツ移住に関しての最たる悪評だという。具体的に言うと、68カ国で1万8000人の海外移住者(移住元は178カ国に及ぶ)を調査したが、ドイツは68カ国中53位の悪さであった。この劣悪なレベルは欧州ではイタリアと並ぶ。

欧州でデジタル化に成功した国、失敗した国

 今回紹介している記事には、「Digitales Leben in Europa(欧州のデジタル生活)」と称する地図が載っている。これを見ると、「デジタル化に成功したグループ」「失敗したグループ」「中間のグループ」の3つに、色分けで分類されている。

 成功グループには、オランダ、デンマーク、ノルウェー、フィンランド、エストニアと、軒並み北欧諸国の名前が挙がる。これらの国々では海外からの移住者の満足度はきわめて高いという。逆に失敗グループには、ドイツ、イタリア、ギリシャ、ブルガリア、セルビアと、ドイツ以外はすべて南ヨーロッパの国々が挙がる。

 さて、ドイツへの移住者がとりわけ困難を感じるのは携帯電話番号が取れないことだという。同じくInterNationsの調査によると、この項目では68カ国中、なんと61位の悪さだ。またインターネット回線も遅く、この順位では51位という。結局、ドイツのデジタル化の総合指数は26位となり、あまり誉められたものではない。

 デジタル化という点では、ドイツのもう1つの大きな欠点に電子政府が挙げられる。記事は、あたかも日本のことを書いているのかと錯覚するような記述が見られる。

 「ニュージーランドからドイツへ移り住んだRachel Enrightは免許証を紛失したので、警察へ届け出たところ、暫くして見つかったという連絡が入った。それで遺失物センターに出かけたところ、必要な手続きをするため4つの部屋を回らなければいけなかった。何枚かの書類を提出し、つど承認をもらい、手数料を支払い、その支払証明書を付けて、ようやく免許証が手元に戻ってきた」と、憤懣やるせないようだった。この手続きの煩雑さはさすがに悪名高い硬直した官僚制度の本家本元であるドイツの面目躍如たるところである。

 それでは現金を所持していればすべては問題ないかと言えば、そう簡単ではないらしい。日本と違ってドイツの公務員は個人的感情を丸だしにする人が多いが、カナダ人女性のKimberly Chauが役所で現金で支払う時に財布に溜まった小銭を出したところ、「小銭では受け取れない」と突き返されたという。

 ところで、現在のデジタル化した生活においては、スマートフォンやデジタルデバイスは生活必需品であるが、いずれもワイヤレスネットワークがつながることを前提としている。しかしながらドイツはここにも大きな問題を抱えている。

 公衆無線LAN、いわゆるWi-Fiホットスポットの数もドイツでは少ない。コンピュータ技術者のスウェーデンからの移住者であるMarcus Ostenbergはホットスポットが使えないため、しかたなく自分の無線通信端末を使わざるをえないが、今まで母国に居る時には1カ月の上限バイト数を越えたことがなかったが、ドイツでは早々と超えてしまうと嘆く。

 さて、ヨーロッパから視点を世界レベルに移してみよう。デジタル化の先進国としては先ほどのヨーロッパ先進5カ国に加え、米国、カナダ、イスラエルの名が挙がる。

 逆に、デジタル化の後進国としては、ミャンマー、中国、インド、エジプト、フィリピン、および南米の国々が挙がる。それ以外にも中東や東南アジアにもデジタル化の後進国がいくつかある。

日本のデジタル化も似たような状況

 このようにドイツ社会のデジタル化は惨状と言えるレベルで遅れているが、日本の状況もドイツとさほど変わらないのではないかと感じる。鳴り物入りで導入された、住基ネットや近年のマイナンバーなどもまだまだ本格的に活用されているとは言い難く、いつまで経っても申込用紙には住所、氏名、生年月日などを書く必要がある。それも、同じ場所に提出する書類も用紙が変わればまた同じ情報を転記しないといけない。

 今回紹介した記事は、ドイツのデジタル化の遅れ、酷さを指摘しているが、日本の現状への大いなる警鐘と読むことも可能だ。デジタル化の先進国は、海外からの移住者にデジタル化に関して住みやすい環境を提供している。そうすることが、結局は国力増進につながるとの確固たる国策を持ってように考えられるからだ。日本も、海外から優秀な人材を迎え入れたいのであれば、単に法的な制度面だけでなく、デジタル生活の快適さもしっかりと整える必要があると言える。


●筆者プロフィール
麻生川 静男(あそがわ しずお)
1980年、京都大学大学院工学研究科卒業後、住友重機械工業に入社。システムエンジニアを経てデータマイニング事業に携わる。ミュンヘン工科大学、カーネギーメロン大学工学研究科に留学後、徳島大学大学院工学研究科で工学博士を取得。多数のITベンチャー企業の顧問を務め、2008年から2012年まで京都大学産官学連携本部 IMS寄付研究部門 准教授。2012年4月、リベラルアーツ教育によるグローバルリーダー育成フォーラムを設立。リベラルアーツ研究家として講演や企業研修を行う。著書に『社会人のリベラルアーツ』『資治通鑑に学ぶリーダー論: 人と組織を動かすための35の逸話』『日本人が知らないアジア人の本質』『本当に残酷な中国史』『本当に悲惨な朝鮮史』など多数。

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