[麻生川静男の欧州ビジネスITトレンド]

AIカンパニーを掲げるシーメンス、AI Labを起点としたイノベーション創出の仕組み:第11回

2020年2月27日(木)麻生川 静男

独シーメンス(Siemens)は重工、通信、電子機器、医療、防衛などさまざまな産業を網羅する巨大コングロマリットとして知られるが、近年は情報技術(IT)、とりわけAI(人工知能)に注力している。現在、同社は自社製品の多くにAIを活用する計画を推進している。ただ、AI人材の採用が困難な現状では、各事業部にすぐれた人材を配置するのが難しい。そこで同社は2018年、全社事業に横串を差す形で技能と知見をもたらすAIの専任組織「Siemens AI Lab」を設立。先頃、本社のあるバイエルン州ミュンヘンから歩いて行ける距離にある同ラボに、ドイツの有力経済紙Handelsblattが訪問して、取り組みの様子を伝えている。

スタートアップベンチャーのような雰囲気

 Siemens AI Labの建物はミュンヘンのローゼンタールという街、スターバックスの隣にある。2階の窓からは、有名なヴィクトアーリエンマルクト(Viktualienmarkt)の食品市場を見渡すことができる。例えるなら、大阪の黒門市場のような市民の台所というべき人気スポットだ。

 ラボのラウンジにあるキッチンはカフェバーのような作りで、メンバーが食事しながらミーティングができるようになっている。ミュンヘンと言えばビールであるが、当然のことながらキッチンの冷蔵庫にはビールが冷えている。

 このラボの雰囲気は、スタートアップベンチャーのそれと同じだ。ゆったりとしたソファが置いてあり、コワーキングルームが幾つもある。いくつかのソファの色が、コーポレートカラーのエメラルドグリーンであることだけが、ここがシーメンスだということを示している(ただし、ほかの色のソファもあるので偶然かもしれない、写真1)。

写真1:Siemens AI Labの施設内部(出典:独Siemens)

 Handelsblattが訪問した日、Siemens AI LabでAI技術部門長を務めるウリー・ヴァルティンガー(Ulli Waltinger)氏に話を聞くことができたという。「このラボでは新しい課題に果敢に挑戦していきたい」とヴァルティンガー氏。同氏の好きな言葉は、独ビーレフェルト大学(Universitat Bielefeld)に勤めていたときに浮かんだ「Pilotieren」(パイロット、水先案内人)だという。この言葉には「AIのことなら、まず我々のラボに任せろ」という自負心と意気込みが感じられる。

 シーメンス中央研究所も同じくミュンヘン市内にあり、1970年代の化学研究所が持つ魅力的な雰囲気を幾分か残している。その点はモダンなAI Labも同様だ。ちなみに米グーグルは3年前に、ミュンヘン中央駅近くにモダンでシックな開発拠点をオープンし、AIの研究開発でシーメンスと競っている格好だ。

 若くて才能のあるデータサイエンティストやエンジニアにとって、ラボのこうした雰囲気や食事の無料提供などの環境は確かに魅力的だ。それよりも重要なのはフラットな組織と自由に使えるワークスペース、そして明確なビジョンだ。自由で自律的に仕事に打ち込めること、つまり、個々の活動に刺激的なインパクトを与える環境が何よりも求められる。

 2年前にオープンしたこのラボはこれらすべてを提供し、シーメンスの新規事業の要になっているという。実際、世界各国のシーメンスの拠点から、毎日のように多くの人がこのラボにやってくる。そして丸1日のワークショップから、5日間にわたるハンズオン研修まで熱心に取り組んでいる。これらのプログラムによって、ラボと事業部のメンバーが協働・共創して問題解決するという意識が醸成される(写真2)。

写真2:アイデアを可視化して検証を行う。AI Labに集まる人々はデザイン思考など、創造性を促進するさまざまなアプローチを試みている(出典:独Siemens)

 研修のテーマは、顧客向けモバイルアプリの開発であったり、資材購入プロセスの最適化のような社内の課題であったりする。例えば中国企業の台頭にどのように備えるかといった、自社だけで解決できない問題には、技術コンサルティングファームやミュンヘン工科大学(TUM)の協力が加わる。

●Next:AI Labと各事業会社、シーメンスのイノベーションを生み出す仕組み

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