近年、サイバーセキュリティ関連の国際会議に参加すると気が付くことがある。それは、メンタルヘルスを取り上げるセッションが目立つようになってきていることだ。これまで筆者はメンタルヘルスを漠然と、サイバーセキュリティとは少し離れたところにある世界と考えてきた。しかし、このような会議で話を聞くと、企業を脅威から守る立場であるサイバーセキュリティの現場においても、スタッフ・メンバーのメンタルヘルスの配慮は不可欠なものだと考えるようになってきた。
ストレスは業務パフォーマンスに影響を与える
筆者はメンタルヘルスと聞くと、まずは「ストレス」「バーンアウト症候群(燃え尽き症候群)」などの言葉、あるいは米国の心理学者アブラハム・ハロルド・マズロー(Abraham Harold Maslow)氏の「欲求階層説」を思い浮かべる。
マズローの欲求階層説は、人間の欲求は「自己実現欲求」「承認欲求」「所属と愛の欲求」「安全欲求」「生理的欲求」という5つの段階に分類され、生理的欲求など低次の欲求が満たされると一段階上の欲求が高まり、その欲求を満たすための行動を起こすようになるというもの(図1)。
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欲求階層説では、欲求を満たすための取り組みと健康には関係性があるとしている。例えば、第4段階の「承認欲求」は、他人から尊重されたい、自分に価値があることを他人に認められたいという欲求だ。SNSで「いいね」を欲しがる行為などに対しても用いられる言葉だが、会社の人間関係などにおいても、この承認欲求が満たされないと強いストレスを感じたり、あるいはバーンアウトしてしまうような社員が出てくることになる。
心理学の世界では、ストレスと業務パフォーマンスの関係性を考えた場合、まったくストレスがないとパフォーマンスは上がらないが、ストレスが強すぎてもパフォーマンスが落ちるという考え方がある。
米国の心理学者であるロバート・マーンズ・ヤーキース(Robert Mearns Yerkes)氏とジョン・ディリングハム・ドッドソン(John Dillingham Dodson)氏は、動物(ネズミ)実験によって「ヤーキーズ・ドットソンの法則(Yerkes-Dodson’s Law)」という基本法則を発見している。学習活動の動機づけは、適切なレベルにあることが必要という理論である(図2)。
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CISOの88%がストレスを抱えている
普段から緊張を強いられることの多いサイバーセキュリティの現場でも多くの人が業務を行っており、やはりストレスの問題から逃げることはできない。そのことを示す調査結果がある。
英国のドメイン管理の非営利団体であるノミネット(Nominet)は2019年秋、英国と米国のCISO(最高情報セキュリティ責任者)や経営幹部レベル800人を対象に業務上のストレスについての調査を実施、「The CISO Stress Report - Life Inside the Perimeter」として公開している。
・CISOの48%は、仕事のストレスがメンタルヘルスに影響していると回答している。
・CISOの88%は、中程度または大きなストレスを感じている。
・CISOの35%は、ストレスが身体的健康に影響を与えていると回答している。
・CISOの32%は、ストレスが結婚生活や恋愛関係、友人関係に影響を及ぼしたと回答している。
以上は回答結果の一部だが、サイバーセキュリティの現場においても、仕事のストレスが仕事のパフォーマンスのみならず、健康や日常生活にまで影響を及ぼしていることがわかる。
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