[ザ・プロジェクト]

なぜ地方の中堅メーカーがDXを軌道に乗せつつあるのか? マイクロソフトや米スラロームと組んだ理由を幹部に聞く

大型船舶向け計装機器メーカーであるJRCSがアジャイル開発を実践

2020年7月9日(木)杉田 悟(IT Leaders編集部)

現在、多くの企業がクラウドやAI、ビッグデータ、IoTといったテクノロジーを活用した製品やサービス、企業の改革に取り組んでいる。しかし思ったような成果を上げられていない企業は少なくない。「社員の多くは改革の必要性を感じていない」「何かをやろうにも人やノウハウが存在しない」「既存の価値観や長年に渡る慣習など企業文化を変えられない」など理由はさまざまだろう。そんな企業にとって参考になるのが、山口県下関市に本社を置くJRCSという中堅企業の取り組みである。

写真1:JRCSの主力製品の1つである計装システム(出典:JRCS)
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 まずJRCSの業容から。同社は大型タンカーやコンテナ船といった船舶用の計装システムや動力制御機器を開発・製造する、社員400名あまりの専業メーカーである。例えば故障や障害を検知するアラーム・モニタリング&コントロールシステムやエンジンなどの遠隔制御・監視を行う機関監視制御盤、船舶内部の配電盤やモーターを始動させる始動器盤などが主力製品だ。言わば大型船の神経ネットワークに相当する機能を担う製品であり、新造船(新たに造られた船)に搭載される。

 1948年の創業時は日本無線電機サービスという名称だったが、84年にジェー・アール・シー・エスという名前の販社を設立。2011年に販社を統合したのを機に、現社名になった。したがってJRCS=Just Right Customer Solutionと聞くと新しい企業に思えるが、実際には70年以上の歴史を持つ老舗と言ってもいい企業である。マイコン搭載のハイテク機器を製造しているものの、ハイテク企業という印象からは遠く、逆に地方に立地することも含めて典型的な日本の中堅企業と言っていい。

 そんなJRCSが今、急ピッチで製品のデジタライゼーション、そして経営モデルのデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでいるという。具体的には、2018年にデジタル変革の取り組みを担う専門組織である「Digital Innovation LAB(DIL)」を設置。アジャイル開発の実践や企業カルチャーの変革を推進しているのだ。それだけではない。変革を進める上でのパートナーは日本マイクロソフト、それに米マイクロソフトや米アマゾンなどを顧客とするコンサルティング会社、米スラロームコンサルティング(以下スラローム)といった世界的企業だ(スラロームに関しては、関連記事既存の経営/ITコンサル会社と何が違う? 米スラロームの幹部に内実を聞くを参照頂きたい)。

 もちろんマイクロソフトもスラロームも要望があれば仕事をするだろうが、疑問も浮かぶ。社歴70年に及ぶ地方の中堅メーカーであるJRCSが、なぜこれらの企業をパートナーに据えることになったのか、あるいはアジャイル開発を実践するようになったのか、といったことだ。安定した企業によくある社内の抵抗を、どうやって乗り越えたのかも、そうである。そこでJRCSグループCEO 代表取締役社長の近藤髙一郎氏(写真2)とDILの室長であり、CDO(チーフデジタルオフィサー)を務める空篤司氏(写真4)に取り組みを聞いた。

改革のきっかけはHoloLensとの出会い

――デジタライゼーション、あるいはDXに取り組むきっかけはどんなことだったのでしょう。

近藤氏:まず造船業界の状況からお話しします。ご存じのように造船業は厳しい国際競争にさらされており、日本における新造船の建造量は低迷が続いています(図1)。新造船の市場が縮小することは明らかであり、会社として強い危機感がありました。

図1:世界の新造船建造量の推移(出典:国土交通省)
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 一方、船舶のユーザーである海運業界は御多分にもれず高齢化、人手不足といった課題を抱えています。国内貨物輸送を行う、いわゆる内航海運はとりわけ深刻で70歳代、80歳代で現役という乗組員が珍しくありません。内航でも、いったん乗船すると数カ月は上陸できないし、船にもよりますがインターネットが使えません。そんな労働環境ですので、若者が入ってきても長続きしないんですね。

写真2:JRCSグループCEO 代表取締役社長の近藤髙一郎氏

 そうだとすると、成長の機会はどこにあるか? 答の1つは船舶設備の更新需要です。例えば船内でネットが使えるように環境を整備したり、船内設備の運転自動化や、将来的には自動操船といったことですね。船体そのものの寿命は長いですから、船の計装設備を更新する需要があるわけです。

 それだけではありません。JRCSでは2010年ごろから4万5000隻ある船舶のメンテナンス事業を手がけてきています。海運会社などから「船の機器が故障したので修理を」と依頼されたら、サービスエンジニアが下関から飛行機などで移動し、乗船して修理やメンテナンスをしているのです。地方ゆえの課題かも知れませんが、下関が拠点なので移動の手間暇がかかりますし、事前にメールなどで状況を聞いてもよく分からない問題もありました。

 そんな状況の中で色々と調べるうちに、日本航空が整備士の訓練にマイクロソフトの「HoloLens(ホロレンズ)」を活用する話を聞き、見学に行きました。確信しましたよ、「MR(Mixed Reality)技術を使えば船のメンテナンスが容易になる、これは使えるぞ」と。さっそく日本マイクロソフトを訪問しました。

空氏:2017年秋に私も同行して、東京・品川の日本マイクロソフトにHoloLensのプレゼンテーションを受けに行きました。見るだけと思っていたのですが、社長はその場で契約を決めました。それだけではなく、2018年1月に近藤社長と米マイクロソフトに行って詳しく話を聞きました。同年4月に日本マイクロソフトと業務提携し、アドバイザー2名を派遣してもらいました。下関に来てもらって、JRCSの仕事のやりかたや議論の仕方のチェックに加えて、DILの組織作りや運営にも協力してもらいました。

写真3:HoloLensのVR/MR技術を活用した、JRCSの海洋事業者向け遠隔メンテナンスソリューション「INFINITY Assist」。船舶の安全航行、船舶エンジニアのスキルの容易な展開を目的に開発したという(出典:JRCS、日本マイクロソフト)

デジタルツイン(デジタルの双子)が基本コンセプト

――社長である近藤さんの危機感が原動力だったんですね。とはいえ日本マイクロソフトと契約してアドバイスを受けるには費用がかかります。

近藤氏:そこは将来のための先行投資と割り切りました。

空氏:社長はそうですけど、私が担当するDILは先行投資の部分が大きいので「いつ黒字化するのか」と問われても簡単に回答できません。そこで2年、3年後の大まかなロードマップを示し、2018年から5年間の収支計画を作成してボードメンバーに示しました。もっとも社長に間に入っていただきましたし、中期経営計画を策定する部署には「DILは先行投資なので外してくれ」と指示していただくなど関与してもらいました。

――実際にDILをスタートさせて、どんな活動を?

写真4:JRCS CDOの空篤司氏

空氏:まずは最新のテクノロジーを使ってメンテナンスや就航船向けの製品を作っていこうと考え、製品のロードマップ作りから始めました。既存の製品がどう進化していくかの過程と、新たな製品という両方の側面から作っていき、最終的には両者が融合するというロードマップです。進化のひとつが、船舶の中の設備や機器をネットワークでつなげる「コネクテッドベッセル」です。

 例えば、モニタリング装置は船舶のエンジン部分のデータが収集できるのですが、つながることで、そのデータをメンテナンスなど別のことに活用できるようになります。そうやってデータを収集・統合すると可能になるのが、リアルの状況をサイバー空間で再現する「デジタルツイン(Digital Twin)」です。実は、デジタルツインは新製品開発の基本コンセプト、キーワードとしています。ですからHoloLensも単なるMR技術ではなく、デジタルツインの位置づけです。

近藤氏:空さんらと一緒にシリコンバレーなどに視察に行きました。1週間ほどですけど、スタートアップ企業を訪問したり、インキュベーション施設を見学したりするなど、動き回りました。デザイン思考で知られるスタンフォード大学の「d.school(Institute of Design at Stanford)」を訪問した時にはセッションもしましたよ。実に刺激的で楽しかったです。

 そんな形で色々な情報に触れる中で、アジャイルが大事だと気づかされました。JRCSの製品に搭載するソフトウェアはウォーターフォール型で開発していますが、遠からず対応できなくなると感じました。日本マイクロソフトからも、オペレーションを回しながらユーザーの価値を確かめることのできるアジャイル開発を導入する重要性を聞いていましたしね。そこでアジャイル開発の手法のひとつであるスクラムを自分たちのソフト開発に取り入れたいと考えたのです。

 ところが、少なくとも私の知る範囲では、日本にスクラムガイドに従って導入できるような、お手本となるパートナーがいませんでした。そこで日本マイクロソフトから紹介されたのがスラロームコンサルティングでした。早速、依頼して下関に来てもらいました。2019年3月のことですから1年ちょっと前ですね。

●Next:アジャイルが「使える」と確認するようになったゲームとは?

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