[市場動向]
COVID-19が突きつける経営のコンプライアンス強化、有効手は業務プロセスの可視化
2021年2月4日(木)佐渡友 裕之(プロティビティLLC マネージングディレクタ)
COVID-19がさまざまな影響を企業にもたらしている。リモートワークやハンコレス/ペーパーレスの推進、取引先や顧客との間での業務のオンライン化などだが、それにとどまらない。これを機に企業は、ビジネスのレジリエンス(回復力)、不正や法令違反を防止するコンプライアンス(法令順守)を強化しなければならない。そこで有効となる手段が、ありとあらゆるデータから業務プロセスの実態を明らかにする「プロセスマイニング」である。
一変した社会環境の中で問われているもの
2020年初頭に突如出現した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)。この未知のウイルスが世界規模のパンデミックとなって、我々の生活様式を一変させると共に、世界経済にも大きな負の影響を及ぼした。
三菱総合研究所の調査によると、2020年度の日本の実質GDP成長率は前年比-5%台半ばの大幅なマイナス成長が予測され、米国も同様に前年比-3%台半ばのマイナス成長が予測されている。完全失業率も、日本でピークを示した2020年10月には3.1%と年初から0.7ポイント上昇し、米国でもピークだった同年4月に14.7%を示し、年初から11.1ポイントの大幅上昇を記録した(独立行政法人労働政策・研究機構の統計より)。
国内では2度の緊急事態宣言によって消費活動が停滞し、資金繰りが急激に悪化している企業が少なくない。また、国によっては、COVID-19によるパンデミックに端を発する新たな法規制により、企業活動に大幅に規制を設けている。
企業活動に目を向けると、取引先の操業停止によりサプライチェーンが打撃を受け、納期遅れを起こしているケースが散見される。さらに重要な経営資源の1つである人材面では、感染拡大に伴い出勤可能な従業員の数が減り、業務に支障を来したり、不慣れなテレワークにより業務パフォーマンスが低下したりしていることも問題となっている。
今、個々の企業がこれらの実態を継続的に把握・分析することは、ビジネスの強靭性を担保し、レジリエンス(Resilience:回復力)を強化するうえで決定的な意味がある。例えば、重要な原材料の調達企業が立地する地域において、COVID-19の今後の汚染拡大の状況を把握できれば、その企業の業務が感染の影響を受ける前に代替の調達先候補を選定できる。
さらに代替先からの調達を前提とした新たなサプライチェーンと収益スキームを準備できれば、仮に現在の調達先の操業が停止したとしても、自社のビジネスへの影響は最小限に抑えることができる。これは一例にすぎないが、実態の継続的な把握・分析と他社に対する競争優位性の確保が密接にリンクすることは、おわかりいただけるだろう。
改めて「ビジネスプロセス」に着手する
では、どうやって経営のレジリエンスを高めるために企業活動の実態を把握・可視化していけばよいのだろうか。ビジネス規模が小さければ、あるいは把握すべき範囲が狭ければ、観察やヒアリングによって個々の担当者や現場の業務プロセスを理解・把握し、業務全体の実態を分析できるだろう。コロナ禍の状況でも、事業所や工場に設置したWebカメラや、Web会議システムを使ったヒアリングのような手段も利用できるはずだ。
しかし、ある程度の規模以上のビジネスになると、そうした方法でビジネスの実態や業務の全体像を把握することは非現実的である。ましてやグローバルにビジネスを展開する企業であれば、広大な活動地域や多岐にわたるビジネス種類から言って、ほとんど不可能に近い。
そこで有用なのが、企業内に散在するデータを集めて整理・加工・活用するアプローチである。とはいっても「ビッグデータ」という言葉が一般的にも認知されているように、データの活用や分析はすでに実施済みという認識の読者も多いだろう。確かにそうなのだが、データ分析には何をどう分析するかという「切り口」が重要である。有効な結果に結びつく切り口を見つけることはたやすいことではない。本稿で筆者が強調したいのは、今こそ取り組むべき分析の切り口は「ビジネスプロセス(業務プロセス)」である。
例えば、自社のサプライチェーンやキャッシュフローなどのビジネスプロセスの実態を企業内に散在する膨大なデータを集めて分析すれば、どの事業所のどの取引先とのビジネスが普段どおりか、もしくは何らかの問題があるのかどうかを明らかにできる。これをCOVID-19感染に関するデータと重ねて分析すれば、今後、影響を受けそうか、どの取引先へのどの品目の売掛金が滞留しそうか、などを推定できる。さらに、それらの問題への対処はすぐにしなければならないのか、それともまだ数週間の余裕があるのかなども把握できるだろう。
不正リスクの高まり──コロナ禍に乗じた“悪しき行動”
それとは別に重要なこともある。コロナ禍での混乱や緊急事態対応を理由に、一部で本来必要な検査、検品を省くなどの業務上の瑕疵やごまかし、横領など金銭面での不正が報告されていることだ。
実際、筆者が所属するプロティビティが実施した調査では、COVID-19に起因する不正リスクが世界中で高まっていることが明らかになっている。経済的困窮や社会や会社との距離感が心理的に離れたことにより、経営者、従業員を問わず不正会計や業務上横領、経費や稼働時間の不正申告などが起きる土壌が生まれ、それを突く形で不正融資や証券詐欺などの“悪しき行動”が醸成されているのだ(図1)。
海外の公的機関も不正リスクの高まりに警笛を鳴らしている。例えばマネーロンダリングの世界では、疑わしい取引の報告が2倍以上になったという報告がある。この種の不正を発見・排除するのは簡単ではないが、ビジネスプロセスを切り口に、通常との違いや異常な金額や頻度の取引を分析すれば一定以上の効果があるだろう。
業務プロセスを再構築・可視化・分析可能にする「プロセスマイニング」
上述のように「ビジネスプロセスを切り口にビッグデータを分析する」ことは、業務の改善やリスク発現の防止、それに不正の防止にも役立つ。そのための手段として筆者は「プロセスマイニング(Process Mining)」に目を向けることを各所で訴えている。プロセスマイニングは本誌の読者であれば多くがご存じと思うが、少し復習しよう。
企業の基幹業務の実行記録は、システムにログデータという形で記録・蓄積されている。プロセスマイニングツールは、各種システムに保存されているログデータを収集してマイニング技術でビジネスプロセスを再構築、可視化する。そこから改善ポイントの把握と問題点の分析を容易に行えるようにする手法だ。(関連特集:プロセスマイニングの衝撃─真の業務プロセス改革はここから始まる)
プロセスマイニングは、独アーヘン工科大学教授のウィル・ファン・デル・アールスト博士(Wil van der Aalst、写真1)が、1990年代後半、オランダのアイントホーフェン工科大学の研究室で確立した。
それまでのデータサイエンス(Data Science)の世界では、データという「点」を起点に何らかの洞察を得る手法である「データマイニング」が主流だった。これは、いわばボトムアップ的(演繹的)アプローチのデータ分析であり、切り口を持たない。この手法で正確かつ有益な洞察にたどり着くためには、データサイエンスに関する専門知識が必要で、データサイエンティストやアナリストといった専門職がもてはやされた。
このデータサイエンスに近い領域に、ビジネスプロセスを高度化・洗練化させるプロセスサイエンス(Process Science)がある。初めにプロセスのあるべき姿(To-Be像)を定義し、そこから深堀していくトップダウン的(帰納的)アプローチだ。
こちらも最初に定義するTo-Be像が正確でないと、その後、いくら一所懸命に分析をしても結果が現実と乖離するという難しさがある。そのためデータサイエンティスト以前から、プロセスサイエンティストやアナリストという専門職が欧米にはある。これらデータサイエンスとプロセスサイエンスの良いところを汲み取り、実務で利用できる手法に昇華させたのがプロセスマイニングであり、アールスト博士の功績である(図2)。
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プロセスマイニングでは、企業システムに記録されているデータからビジネスプロセスを構成する各アクティビティ(例えば購買業務であれば、購買伝票の作成、入庫処理、入庫伝票と仕入先からの請求書の照合、買掛金の計上や消込など)を時系列的に抽出し、各アクティビティを通る業務のパターンをすべて表示することによって、ビジネスプロセスの実態を再構成する。
また、アクティビティ間を通る伝票の数件数や要する時間(サイクルタイム)も把握できる。ビジネスのボトルネック、例えば購買伝票の作成・送付から入庫までの間に価格変更が起きるパターンと変更が起きないパターンでは、購買伝票の送付から実際にモノが入庫するまでかかる日数が倍以上違う、といったことを明らかにする。
そのような価格変更を起こす業務パターンはどのような要素の組み合わせ(時期、取引先、品目など)の場合に多いのか、価格変更を含む業務パターンは全体の何%なのか、などもわからせる。さらに価格変更が起きやすい取引先と品目の組み合わせのときには、システムに予め登録しておく価格を何%上げて(下げて)おけば、価格変更が起こる率も何%下がり、業務効率が向上するということも教えてくれるのだ。
●Next:プロセスマイニングを用いた内部統制の具体的アプローチ
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