[技術解説]

エンタープライズマッシュアップとSaaS

第3回

2007年8月22日(水)IT Leaders編集部

SaaSの登場によってこれまで大規模企業を中心に自社開発されていた企業内情報システムや業務システムにも変化が訪れようとしている。WebAPIを活用した企業システムの構築であるエンタープライズマッシュアップのための環境が整備されてきている。SaaSによってもたらされた恩恵を、企業は今後自社開発システムでも享受できるのだろうか?

エンタープライズマッシュアップを選択する理由

SaaSの技術基盤であるマッシュアップの技法を、社内情報システム、業務システム構築に応用するのがエンタープライズマッシュアップだ。

これは既視感のある構図だ。グループウェアが先陣を切った企業システムのWebテクノロジー対応、イントラネットの構築という流れがWeb2.0の時代のエンタープライズにあってはWebAPIを複数組み合わせて社外サーバーも利用して必要なサービス(機能)を実現するというスタイルをとるということだろう。

前回、前々回とSaaSの利用企業と開発サイド(SaaSベンダーとパートナー)の従来のソフトウェアと比較してのアドバンテージを見てきた。ユーザーサイドからは初期導入のしやすさや減価償却などに関するコスト面のメリット、開発者側の製作期間圧縮や開発コスト削減などのメリットが顕著だったが、エンタープライズマッシュアップにおいても、そうしたメリットを企業は同様に享受できるのだろうか?

まず開発時の期間短縮は可能であるし、その間の人件費だけ考えてもコストを削減することはできるだろう。SaaS同様、エンタープライズマッシュアップ採用の一番の動機も、このコストとスピードの問題だ。また、ユーザーサイドのメリットに関しては、新しいUIを簡単に構築できる点や、メンテナンスの容易さ、変更の簡易性など、アプリケーションのサービス向上を挙げることができる。しかし、自社開発である以上は、市場(ネット)に流通しているSaaSアプリケーションを利用するほどのリードタイムの短縮は難しい。

現在すでに提供されているSaaSアプリケーションの多くはカスタマイズ性に優れているし、自社開発であるエンタープライズマッシュアップにおいても、SaaSの利用という選択肢は皆無ではない。それによって、さらに開発期間を短縮することも可能だろう。

しかし、エンタープライズマッシュアップを志向する企業は、ソフトウェアにあわせる部分を前提から排除している。その企業固有のワークフローや業務ルールの妥協しないアプリケーション化が開発の前提になっているわけで、そこを譲るという選択肢は存在しない。稟議の承認順や帳票形式の細部にいたるまで、企業が巨大化するほどに変更のリスクと再教育のコストは高まる。そうした企業規模が影響を与えているケースもあるだろうが、そこでの譲歩は業務効率の低下などにもつながりかねないという考えが根底にある。そのため、こうした企業がエンタープライズマッシュアップにSaaSを利用するとしてもそれはある意味単一のWebAPIと同等の選択肢となる。もっとも、従来型の自社開発企業システムにおいても、パッケージ製品を利用する場面はあったわけで、そこに企業のワークスタイル固有の画面を用意するなどの開発は、SaaSの場合には数段容易になるだろう。

しかし、そこでは単純にあるSaaSアプリケーションを利用するケースとは、固有のアプリケーション(サービス)を志向するという点で明確な一線が引かれている。とはいえ、こうした限定を前提としながらも、コスト・スピード・サービスというSaaSと同様の目的のためにエンタープライズマッシュアップへの移行の検討が始まっているのは確かだ。

エンタープライズマッシュアップ開発ツールの整備

エンタープライズマッシュアップの開発環境は現在どう整備されてきているのか? 多くの場合、自社開発とはいっても、SIerが実際のシステム構築を担当するわけだが、彼らもこの新時代の企業アプリケーション開発への対応を迫られている。彼らにとって重要になるのが開発のツールでありプラットフォームだ。Web2.0の代表であるGoogleから、従来の企業システムの供給者であったIBM、Oracleまで、多くのプレイヤーがこのプラットフォームの提供競争に参入してきている。

トップランナーであるGoogleは、7月末に「Google Mashup Editor」の発表を行った。これはGoogleのWebアプリケーション開発用フレームワークであるGWT(Google Web Toolkit)を使って開発されたマッシュアップ用のエディターだ。GWTはJavaによって記述されたWebアプリケーションをWebブラウザーが表示に利用するJavaScriptやHTMLのコードに変換することができるためサーバーサイドとの細かい微調整が必要ない。Google マッシュアップ Editorは現在限定的なデベロッパーテストを行っている段階だが、Webアプリケーション開発の標準的なツールの位置を狙って、強化されていくだろう。

IBMはWebSphere Portal上でGoogle Gadgetsを検索、同社のソフトウェア上での動作を設定するための「WebSphere Portal for Google Gadget」を提供しており、ボタンクリックで豊富な機能を取り込める環境をユーザーに提供している。Google Maps的な単純化されたマッシュアップの例と、より複雑なエンタープライズでのマッシュアップ利用の橋渡しをする存在といえるだろう。エンタープライズマッシュアップによって、一瞬で既存の企業システムが置き換わるわけではない。WebSphereのような多数のユーザーを抱えるプラットフォームでは、本格的なエンタープライズマッシュアップ開発の前段階として、便利で手軽なWebAPIの組み込みこそがニーズとなる。それに応えていくことで、従来顧客の囲い込みを継続し、次の段階の企業システム提案につなげていけるということだろう。

Oracleの動きはもっと急だ。Oracleは複数のビジネスアプリケーションやビジネスプロセス、データ、コンテンツ、コンテクストなどを統合しパーソナライズドページ化する作業フレームワークの「Oracle WebCenter Suite」を提供している。Oracle WebCenter Suite はOracle Fusion Middlewareのコンポーネントとして提供され、ビジネスエンドユーザー個々人ベースでマッシュアップも含めたポータル的なインターフェイス環境を実現するものだ。この前提となるのはサーバーサイドでのスピーディーな統合化であり、そのためにビジネスインテリジェンスを得意とするHyperionの買収などによって、総合的な開発力の強化を行ってきている。


図1:Google マッシュアップ Editorツアー

エンタープライズマッシュアップ開発に企業が必要とするもの

 エンタープライズマッシュアップの開発がいかにブロックを積み上げるように簡単に行えるとはいえ、それはこれまでのコーディング部分での省力化が主だ。新規アプリケーションの要件定義部分や適切なWebAPIの選定などは当然必要になるし、企業内の重要データが社外のサーバー上で計算処理をされる可能性などを考えると、セキュリティー面を考えたデータフローなど、従来のアプリケーションと比較して新たに開発上意識しなくてはならない問題は当然出てくる。

企業システムとインターネットとは、従来ファイアーウォールの内と外で切り離されてきた。しかし、エンタープライズマッシュアップはここに親和性、融合を求める。データの生成、データフロー管理などがすべてWeb対応を前提に行われるような企業内IT体制の整備が必要になる。企業に対して、もう一段階上のインターネット対応を求めるのがエンタープライズマッシュアップなのだ。これらの社内データ関連の変革に関してはプラットフォームを提供しようとするプレイヤー達が今後有効なツール等を提供してくれるだろう。

一方、現在一歩先を行っているのがWebAPIの選定で、選択をサポートするディレクトリー型のサイトが複数登場している。第一回で紹介したsalesforce.comのAppExchangeのようなSaaSアプリケーションベースのマーケットプレイスもその一部に含めることもできるかも知れないが、WebAPIの登録数ということで言えば、コミュニティー系サイトが中心になる。

最も代表的なのはProgrammableWebだろう。同サイトに登録されているマッシュアップは2200を超えている。ProgrammableWebの中で特徴的なのは、マッシュアップ Matrixだ。2つのWebAPIの交点で、両者をマッシュアップしたサービス事例を表示する。開発のヒントとしても有用なサービスだ。


図2:ProgrammableWebの登録数の推移


図3:ProgrammableWeb Matrix

マッシュぺディアは国内のマッシュアップ系コミュニティーサイトで、国産APIが多く紹介されているのが特徴だ。3月4月あたりから登録数が増加しており現在では500を超えている(8月20日現在)。日本国内でのマッシュアップの注目ぶりもうかがえるサイトだ。エンタープライズマッシュアップの開発に参画するためには、こうしたサイトでWebAPIの動向と今後の方向性を探っていく必要があるだろう。 こうしたWebAPIの登録サイトは、現在はディレクトリー型が主流なわけだが、今後WebAPI、マッシュアップの数が増加するに従って検索型へ移行するだろうことは想像に難くない。適切なWebAPI検索サービスのWebAPIが公開され、エンタープライズマッシュアップ開発ツールに組み込まれて提供される日も、そう遠くないかも知れない。


図4:マッシュぺディア

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エンタープライズ2.0 / マッシュアップ / API / SaaS

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