携帯電話、ブロードバンド、ブログ、SNS─。情報システムの端末からネットワーク、アプリケーションに至るまで、いまや企業向けより個人向けのIT環境のほうが先に高度化するケースが増えている。こうした「産消逆転」の現象は企業にどのような影響をもたらしたのか。消費者向けに広がったITを上手く取り入れて競争力を高めてきたアマゾン・ドット・コムの事例などを基に検証する。
先進的な技術は国家プロジェクトなどで開発され、やがて民生化される。こうした流れが従来は主流だった。しかし近年は、企業より個人のIT利活用環境のほうが先に高度化する現象が多く見られるようになってきた。野村総合研究所(NRI)では、このような現象を「産消逆転」と呼んでいる。
産消逆転は、ネットワークや端末などの領域において最初に顕在化した。2000年代前半、一般家庭で10Mbps以上の速度のADSLが利用できるようになり、2004年には国内のブロードバンドの世帯普及率が60%を超えた。これに対して多くの企業は当時、まだ低速で高価な専用回線を使っていた。
また、消費者は携帯電話で当たり前のように大容量のコンテンツ配信や位置情報、電子マネーなどの高度なサービスを使っている。だが、携帯電話の企業利用はいまだに限定的で、セキュリティなどの問題から社内メールの閲覧すらできていないのが実情である。
そして今、産消逆転はネットワークや端末などITインフラの領域から検索技術やブログ、SNSといった情報活用の分野へと猛烈な勢いで拡大しつつある。中でも情報発信の分野で起きている産消逆転は、企業にとって見逃せない動きになっている。
消費者が発する情報でライバルとの差異化を図る
かつて製品やサービスに関する情報は、企業がマスメディアを介して世の中に提供するものが中心だった。しかし最近では消費者がブログやSNSなどを通じて発信する情報が多くなり、ブログやSNSは「CGM(Consumer Generated Media)」と呼ばれるメディアとして認知されるまでになった。企業にとってCGMは、製品/サービスをマーケットに訴求したり、消費者の嗜好や製品/サービスの評価を分析したりする上で欠かせないものになっている(図3-1)。
情報発信の産消逆転をビジネスに上手く取り入れた企業の1社が、世界最大級の電子商取引(EC)サイトを運営するアマゾン・ドット・コムだ。ご存じのように同社は、出版社やメーカーによる書評や商品説明だけでなく、消費者による評価「カスタマーレビュー」を積極的に掲載している。独自に検証した結果、カスタマーレビューの量や質が消費者の購買行動に大きな影響を与えることが明らかになったからだ。
ECサイトはリアルの店舗と異なり、実際に商品を手に取ったり、店員から説明を受けたりできない。だが、リアルの店舗と違って設置スペースや陳列棚の制約がないので、書籍や商品のレビューをたくさん掲載できる。しかも消費者がECサイト内で発信する情報はそのサイトのオリジナル情報となり、競合のECサイトとの差異化を図れる。
アマゾンはそれぞれの消費者の嗜好に見合った商品を推奨する「レコメンデーション」の機能も、ECサイトにいち早く実装した。レコメンデーションのベースになっているのは、システムに蓄積した膨大な量の顧客の購買履歴である。商品の検索や購入の過程で発生する情報を分析して、購買に結びつきやすい情報を提供することで「ついで買い」を促し、販売単価の向上を図っている。
このように社内に蓄積された情報に加えて、消費者が生成する情報を積極的に活用するのは、先進企業の間では当たり前になっている。そうした先進企業の中でも、アマゾンのように情報の分析力を高めてライバル企業との差異化を図る企業は「Analytic Competitor(分析力で勝負する企業)」と呼ばれ、業界のリーダー的存在となっている。
電子税申告サービス大手の米H&R Blockは、Analytic Competitorの1社と言えるだろう。同社は早くからCGMの情報を収集し、それに基づいてサービス改善に取り組んできた企業として、知る人ぞ知る存在だ。
H&R Blockは自社のオフィシャルサイトにアンケートコーナーを設けてサービス品質に関する評価を集めると同時に、ブログやSNSサイトから同社に関する書き込みを1500件以上も集めた。そしてClaraBridgeが開発した自然言語処理エンジンを使って、CGMとアンケートに書かれた内容を解析。その結果から問題点をあぶり出してサービス内容やビジネスプロセスを見直し、顧客満足度を高めてきた。
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