クラウドが拡げるデータ活用力、安全性への配慮も旬のテーマに──クラウドで日々磨かれ続ける技術が、企業の情報活用力を押し広げている。“超”が付くほどの大量データを対象に集計や分析を施す分散処理技術の進化はその典型例だ。情報活用の可能性が広がる一方で、セキュリティ対策にも新たな発想で取り組む必要性が高まっている。
米国カンファレンス報告 レポート3
2011年2月27日〜3月2日 米ラスベガス/IBM
IBMが主催するサービスマネジメントのカンファレンス「Pulse 2011」が、2月27日〜3月2日に米国ラスベガスで開催された。参加者数は7000人と、この分野のカンファレンスでは世界最大規模である。サービスマネジメントの最前線を現地から報告する。
基調講演
実行フェーズに入ったISM
「ビジョンがあっても、実行しなければ幻覚でしかない」─ 基調講演で司会進行役を務めたTivoliブランドのマーケティング担当副社長であるスコット・ヘブナー氏の最初の言葉である。一瞬、何のことか分かりにくいが、昨年のPulse2010でIBMが提唱したビジョン「ISM(Integrated Service Manegement)」が着実に浸透・実行されつつあることを、逆説的に述べたものだ。
それを端的に示すべく、初日のオープニングセッションの冒頭にはIBMのエグゼクティブではなく、Amtrak(全米鉄道旅客公社)や、大手金融機関であるステートストリートの担当者が登壇。「Amtrakの鉄道網を、ISMを実現するIBMのソリューションで管理しており、成果を上げている」(シニア・プログラム・ディレクターであるビル・ブロートン氏)など、ユーザー企業側で実行段階にあると強調した。
それを受けて登壇した、Tivoli事業の責任者であるダニー・サバー氏も、オランダのアムステルダム国際空港の事例を紹介した。「同空港では、IT化によって荷物の運搬処理を可視化、効率化した。結果として、限られたスペースで運搬能力を40%増やし、運営コストを40%削減。荷物の遅延と紛失を60%改善した」(サバー氏)。同氏はまた、「今日の複雑化するビジネス環境で成功するには、非効率性を削減するための継続的な改善が重要だ。そのためにはビジネスを数値化して、事実に基づいた目標を作ることが大事であり、ITが鍵になる」と語った。
こうしたオープニングセッションの内容から推察できるように、今回のPulseの目玉は、新製品や新たなITコンセプトではなく、数多くの事例だった(620のセッションのうち約400が事例発表)。「ビジョンは幻覚ではない」ことを示すことに力を注いだわけだ。
求められるIT投資の選択と集中
ここでISMを復習しておこう。ISMとは簡単に言えば、ITの運用分野でやってきたことを、IT以外の“非IT”に応用し、ITと同様に運用していこうというものだ。現実の業務や事業からデータを収集し、分析して現状を理解し、変化を予測して、対応策を実施する。前出の事例で言えば鉄道網や空港の貨物運搬設備などである。RFIDなどセンサー技術の進歩と低価格化、ネットワークの広がり、そして大量のデータを処理するコンピューティングパワーを駆使すれば、こうしたことが可能になる。
とはいっても大量のデータを収集して、高速に処理するには莫大なITコストがかかる。IBMのソフトウェア事業とシステム事業を統括する上級副社長のスティーブ・ミルズ氏も、「IT予算の7,8割がITの運用に費やされていると言われるように、ITインフラが広がり過ぎている」と認める。その上で「ISMを実行するには、まずITを統合してフットプリントを少なくするのが重要」と語る。
実際にどうするのか。ミルズ氏の答えは「zEnterpriseの活用」だった。オープン化に耳慣れた側からすれば、「なんでそうなるのか」と思える主張だが、同氏は“Smarter Computing”という概念を用意していた。「分散されているアプリケーションや、サーバー、ストレージを統合すれば、TCOを大幅に下げられる。その分を戦略的な投資に回すのがSmarter Computingだ。ITの初期コストだけに目を奪われてはならない。冷静な判断が必要だ」(ミルズ氏)。
古い設備の管理をITで変革
2日目の基調講演では、ISMで成果を上げているユーザー企業のパネルディスカッションが行われた。参加したのはスイス連邦鉄道、テキサス州コーパスクリスティ市、ワシントンDC水道局などである。
このうちスイス連邦鉄道(SBB)のマーチン・シャーレン氏は、「SBBでは2005年に、大規模なレベルで運行オペレーションの混乱が発生した。そこでオペレーションの変革を実施してきた。定着までに5年かかるなど、その実施は長い旅路だ。しかし資産の価値を上げる唯一の道だと思う」という。
ワシントンDC水道局のジョージ・ホーキンス氏は、まず南北戦争当時からの水道管もあるなど、施設の老朽化に苦しんできたと語り、対策としてセンサーで水道水の状況を把握し、各家庭にスマートメーターを設置したことを明らかにした。「物理的な設備の交換には時間がかかる。古い設備をITで管理して使いながら、高いサービスレベルを提供できる。使用者はポータルで自分の利用状況を確認でき、普段と違う使われ方がされていれば、水道局の方から“水漏れはしていませんか”と通知している」(ホーキンス氏)。
新製品・サービス
クラウドのメリットを引き出す新機能
製品面で話題になったのは何か。筆頭にあげられるのは、「Maximo Asset Management」である。2006年にIBMが買収した設備保全管理システムであり、ISMを実現するプラットフォームとして中核的存在になりつつある。
もう1つの注目製品は、昨年買収したIT基盤の統合管理ソリューションである「BigFix」だ。様々なPCや分散サーバーなどの資産管理、パッチ適用などを一元的に実行するツールで、セキュリティを確保するソリューションとして期待されている。
期間中に、IBMはクラウド・コンピューティングを支援するソフトウェアの機能拡張も発表した。プロビジョニングの自動化と効率化、ハイブリッドクラウド環境でのサービスマネジメントの実現、バーチャルマシンのバックアップ機能などである。
中でもTivoli Provisioning Manager 7.2は、異なるプロビジョニングのイメージを管理し、変化に対応して短時間で新しい仮想マシン環境を構成することができる。2日目の基調講演にあった空港におけるサービスマネジメントを想定したデモの中でも、プロビジョニングの切り替えを実演し、迅速さをアピールした。
もう1つだけ、Pulse2011の感想を記しておきたい。このカンファレンスでは“裏方”ともいえる運用部門に対し、ビジネスを変革する原動力の主役としてスポットを当てていたことである。現行のITそのものがビジネスを変える力を持っていることが随所で強調されたのだ。重要なのは運用部門が持つ潜在力をどう引き出し、どこまで強化できるかだろう。 (高橋 秀典)