[市場動向]

ITの“地産地消”の可能性、地域パワーの発展的維持の知恵を

2011年8月4日(木)佃 均(ITジャーナリスト)

東日本大震災を機に、IT投資の見直しや重点分野の変更といった動きが表面化しつつある。多重下請け構造が根付いた業界において、地域のソフト会社やSIerはとりわけ厳しい状況に立たされている。どうしたら打開策を見出せるのか。IT産業の次代の姿を見据える時、ITの地産地消の可能性を探ることの意味は大きい。

「準備した要員を待機させなければならなくなった。我慢できるのはせいぜい1カ月だ」─。東日本大震災が発生した直後から、ソフト会社の悲鳴が聞こえるようになってきた。4月からスタートするはずだった新規開発プロジェクトにストップがかかったのは周知の事実である。「やっと受注が上向くと期待した矢先だったのに」─。

あれから4カ月あまり、IT産業の業績やユーザー企業のIT投資動向にじわりと影響が出始めた。その典型が、株式を公開している3月もしくは4月決算期の情報・電子関連企業433社のうち、15%に当たる66社が2011年度通期見通しの公表を控えたことだ。日立製作所、パナソニック、シャープなどが通期予想を発表したのは6月に入ってからのことで、2010年度決算発表から1カ月半後だった。

ユーザーは一斉にIT予算を見直した。コスト削減をより強化するとともに投資の振り向け先を変更したのだ。

日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が5月に行った緊急調査によると、売上高1000億円超の大手企業では約2割が予算そのものを縮減し、データセンターの分散化やクラウドへの移行、あるいはシステム運営設計の見直しを行うと表明している。「景況の見通しが不透明なので、コスト削減をいっそう強化せざるを得ない。不要不急なシステム開発は見直しの対象になる」というユーザーが少なくない。

図1 震災後のIT予算の変化。グラフ内の数値は%(出典:日本情報システム・ユーザー協会)
図1 震災後のIT予算の変化。グラフ内の数値は%(出典:日本情報システム・ユーザー協会)

投資マインドに変化 管理系からフロント系へ

JUASの統計には表れていないが、同調査に寄せられた自由回答を分析すると、震災を契機にユーザーの関心や投資マインドが変化したことがよく分かる。それはバックヤード系の業務管理システムよりも、インフラ系やフロント系の再編成に重きを置き始めたということだ。

「これまで音声系は総務、データ系はIT部門だったが、すべてIT部門に統合し、効率化を図る」「社内に設置していたメール系、Web系のサーバーをホスティングし、データのバックアップ体制を強化する」「データのバックアップ体制強化について、計画を前倒しする」「在宅勤務に対応する機器やシステムを増強する」…といった声が目に付く。

製造業では素材や部品の調達が困難になり、生産がストップした例が数多くあった。生産はできても出荷ができなくなった例もある。流通在庫の最少化を是としてきたSCMが、いとも簡単に崩壊してしまったのだ。あるいは、生産性と効率化を追求してきた現場のシステムが、地震と停電で稼働しなかった。さらに福島第一原発の事故が、電力不足への対応という新しい課題を生んだ。

福島県郡山市郊外にある機械メーカーの工場責任者は言う。「システムが止まったとたん、現場の従業員が何をしたらいいのか分からなくなった。全員がキーオペレーターになっていた」。

これは情報システムの問題ではない。「現場の対応力をどう高めていくか。これが事業を継続していく重要な要件だということが理解された」(同)。震災は決してマイナス方向ばかりに作用していない。むしろ、閉塞状態を打破する前向きな発想を生んでいるといっていい。

翌朝7時半から全社員がユーザー支援に動く

宗像剛社長 写真1:「震災の翌朝から全社員がユーザーの安否確認と資材集めに奔走した」と語る八光建設の宗像剛社長

郡山市の八光建設。従業員は関連会社を含めて総勢約100人の典型的な地場企業だ。3年前、東北IT経営実践企業のオピニオンリーダーに選ばれた。

同社も震災で本社建屋やモデルハウスに亀裂が入り、コンピュータが破損するなど被害を受けたが、「震災の翌朝、土曜日にもかかわらず、朝7時半には全社員がユーザーと被災者の支援に動き始めていた」と宗像剛社長は話す。

建設資材の物流が全面的にストップしたからといって、同社は諦めなかった。「徹夜で燃料をかき集め、地震でボコボコになった道路をトラックで走り、新潟や静岡のDIYショップで建材を購入した。震災一週間後には、当社がかかわった全ての建造物の状況を確認し、解体・補修作業に着手した」。

大手建設会社の現地事業拠点が混乱に陥っているとき、地域密着型のビジネスを貫いてきた八光建設は機敏に対応していた。「それはね、ITに極度に依存していないからです。お客さんのこと、当社がかかわった建物のことは、すべて社員の頭の中に入っている。それこそが、ここ(郡山市)に本社を置いている当社の役割なんです」。

ITの地産地消がベース BCPの一環として注目

地域に根を張った専門会社がいち早く地域のユーザーをサポートしたのは建設業に限らない。ITサービスの分野でも、震災直後、同じような行動を採った企業が少なくない。「地域から撤退するという選択肢はありませんから」(いわき市に本社を置くFSKの鬼澤浩正社長)。こうした動きが刺激となって注目されるようになったのは、「ITの地産地消」だ。

この言葉が使われ始めたは、農産品や加工食品の安心・安全が社会的な問題となった2000年以後だ。背景には小泉内閣が推進した「e-Japan重点戦略」で、電子行政システムの構築が本格化したことがある。地域の税金で構築されるシステムが、大都市の大手を経由して地域に再発注される構図はいかがなものか、との指摘が行われた。さらに震災後は火急喫緊の事態に対応する事業継続計画(BCP)の一方策という認識が加わっている。

SI企業約630社で組織する情報サービス産業協会(JISA)が、市場委員会に地域ビジネス部会を発足させたのは2009年6月である。地域の中堅・中小企業のIT利活用をどのように促進していくか。地場のITベンダーやITコーディネータとの連携はどうあるべきかなどを研究するのが目的だった。地域におけるIT取り引きの実態把握やベストプラクティスの調査といった活動を経て、今年度から「地域連携推進会議」に発展・拡大した。

写真2 7月1日に行われたJISA正副会長会見でも、「ITの地産地消は重要課題」という認識が示された
写真2 7月1日に行われたJISA正副会長会見でも、「ITの地産地消は重要課題」という認識が示された
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