リーン・スタートアップの手法が有効なのは、ITベンチャーに限らない。大企業や政府が改革を進める上でも欠かせない取り組みだ。事実、米政府が推進するプロジェクトでも活かされている。
「リーン・スタートアップ(Lean Startup)」──。起業フェーズにおける“シリコンバレー発”のマネジメント手法を提唱したこの言葉は、2012年4月に同タイトルの書籍を執筆したエリック・リース氏が来日したことも手伝い、日本でも広まりを見せた。
不確実な状態で必要最小限の製品・サービスの開発・検証を推奨するそのコンセプトは、何もスタートアップ企業のみにあてはまるものではない。2012年12月にサンフランシスコで開催された「リーンスタートアップ」会議において、同手法は、大企業や政府といった大きな組織の中でも活用されるものだとリース氏は語った。大きな組織の中でも、革新は常に必要だ。イノベーション実現に向けて、機敏に動ける組織や、無駄のない政府を実現するには、組織の規模を問わずリーンスタートアップのコンセプトが活用できるという。
写真1:「リーン・スタートアップ」著者 エリック・リース氏
それを実践活用している代表例としては、GEや米政府が挙げられた。特に目を引いたのは、キーノートスピーカーとして登場した米政府でCTO(最高技術責任者)を務めるトッド・パーク氏が語った政府内におけるリーンスタートアップの活用だ。同氏は、初代米政府CTOのAneesh Chopra氏に続き、2代目CTOとして2012年春に就任した人物。米保健社会福祉省(U.S. Department of Health and Human Services)のCTOを務めた際には、医療保険プランの比較を可能にするウェブサイト、healthcare.govの立ち上げなどに関わってきた。
CTOとしての彼の役割は、政府のIT予算を削減しつつ、政府の情報公開や国民生活の向上、社会や地域改善などの課題にITを活用促進することだ。その実現のため、同氏が現在、注力しているのは、米政府内における起業関連プロジェクトの実施だ。
起業といっても、米政府内で別に会社を立ち上げるというわけではない。政府内で、変化が求められている様々な分野において、小さなエンジニアリングチームと共に、新プロジェクトを推進していくというものだ。そうした現場で、リーンスタートアップのコンセプトは政府内でも活用されているとのことだ。
写真2:米政府の2代目CTOを務めるトッド・パーク氏
具体的には、「大統領イノベーションフェロープログラム」という、5つのプロジェクトからなるプログラムが実施されている。その内容は下記のようなものだ。
1. オープンデータ・イニシアティブ
政府の様々なデータをオープンにし、ヘルスケアや教育、公共の安全など、国民生活や社会の改善に役立つツールやアプリケーション、サービスの開発に役立ててもらうイニシアティブ。
2. MyGov
政府が国民のためにではなく、国民が自分達で社会改善をしやすくできるよう、複雑な政府のウェブサイトから必要な情報へのアクセスやフィードバックを容易にするためのプラットフォーム。
3. RFP-EZ
米政府は現在、IT予算に800億ドルを費やしているが、新興企業にとって政府のIT調達市場への参入は依然容易ではない。そこで、技術力と潜在成長性を備えた小企業が、低コストで高いインパクトを実現できるITソリューションを、政府に売り込みやすくするためのオンラインマーケットプレイス兼プラットフォーム。
4. Blue Button for America
ヘルスケア環境を改善し、個人が自分の医療記録を取得できるようにしたり、そうしたことが可能になることに対する社会的認知を促進するためのアプリケーションやツールの開発。
5. Better than Cashプログラム
現金払いより、モバイル機器やスマートカード、その他方法を使ったオンラインペイメントを促進するプログラム。
これらプロジェクトの下、プライベートセクターのイノベーター、ノンプロフィット、アカデミアと、政府内のイノベーターを結びつけ、税金をかけずに国民生活の改善、雇用育成などの問題に、これまでとは異なるアプローチによる取り組みが推し進められている。
トッド・パーク氏は韓国系移民の家庭で育ち、自分でも起業し成功した経験があり、コンサルタント会社でヘルスケア分野を担当していたこともある。彼のスピーチは非常にはぎれがよく、みなぎるエネルギーが伝わってくるものがある。今後、これらプロジェクトの成果がどれだけ発揮されていくのか注目される。
(堀田有利江=ITジャーナリスト)