日本企業が海外進出を図る際、システムはどうあるべきか。それを支えるIT部門の体制/役割とは。グローバル化を推進する日本企業が直面するITの課題と解決策について考える。
企業経営のグローバル化が盛んに議論され始めている。国内市場が成熟し、成長の牽引役を海外市場に求めるのが不可避となったからだ。かつては鉄鋼、自動車、電気、商社といった一部の産業に限った話だったが、現在では製造はもとより、流通、小売、サービスなど、幅広い業種でグローバル化が叫ばれている。すでに海外進出する企業も競争力を強化するため、さらなるグローバル化の推進が急務となっている。
企業がグローバル化を進める上で、情報システム部門を舵取りするCIOには何が求められるのか。一般的には、海外進出の準備、買収企業とのシステム統合作業、現地法人のガバナンス確立/強化などの難題がのしかかる。企業ごとに「グローバル化」の意味や対応が異なるが、何から着手すればよいのか、対応すべき項目に優先順位を設けることが大切だ。とはいえ、明確に順位を定めるのは容易ではない。
本連載では、日本企業が直面するITの課題と解決策を整理していく。第1回の本稿では、日本企業が現在おかれているグローバル化の状況と、IT部門の対応状況を紹介する。
“現地任せ”の割合が多い日本企業のグローバル状況
日本企業の場合、海外拠点のマネジメントを現地の自主性に任せているケースが少なくない。現地の事情を考慮したきめ細かな経営を実現する上で、有効な手段の1つと考えられているからである。
では現状はどうか。IPA(情報処理推進機構)が実施したITマネジメントに関する調査によると、IT戦略や企画の立案/策定を本社で一元化する割合は53.3%で、40.0%が現地に任せているという結果だった(図1)。投資が必要な案件のマネジメントは、本社で判断する割合は26.7%しかなく、現地による判断が67.8%を占めた。重要な施策や意思決定を現地の裁量に任せている割合が高いことが分かる。
ある国内製造業のCIOは、現地の自主性を重視する理由を次のように述べる。「日々の業務に忙殺され、海外に目を向けられる状況ではない。自ずと海外は現地の裁量に任せる、というスタンスになってしまった」と打ち明ける。
しかし海外展開を加速しなければならなくなった今、こうした状況は好ましくない。「ビジネスの領域が海外に広がるなら、システムの標準化、業務の効率化は避けられない。拠点ごとの裁量に任せていては、これらを実現するのが難しくなる。グローバルでガバナンスを強化しなければ競争力を高められない」(前出のCIO)。
もっとも、国内と海外で使用するシステムの共通化は思うように進んでいない(図2)。「すべての海外拠点で本社と共通のシステムを使用」するのは、「財務・会計」が28.8%、「人事・給与」が28.3%と高い割合を示すが、他のシステムは20%強に留まっている。システム共通化の必要性は理解するものの、こうした環境を構築するのは簡単ではないようだ。
「業務プロセスや申請ルール、アプリケーション、インフラ、ITの運用プロセスが拠点ごとに異なる。これは真のグローバル企業の姿ではない」。複数のグローバル企業でCIOを務めた人はこう語る。グローバル化を推進するなら、国内/海外を問わず、システムや業務が共通であるべきだ。
アプリケーションやインフラを集約/統合すれば、グローバル全体でコスト削減や業務効率化が見込める。例えばコミュニケーション基盤を統合すれば、従業員は国や地域を意識することなくコミュニケーションを図れる。不明な点を早急に解決する、営業資料を全社で共有するなどのメリットを享受できる。
拠点ごとに分散するデータを集約/統合すれば、グローバルの売上や原価、収益などを可視化できる。システムごとに収集したデータを同じ粒度に揃え直すといった手間を解消する。
こうした環境を構築しなければ、競争優位を打ち出すことはできない。拠点や地域ごとの部分最適を目指すのではなく、各拠点を含めた全体最適となる業務/システムを模索しなければならない。
今後のグローバル化の動向を想定した準備の重要性
当社は国内/海外のグローバル企業に対するコンサルティングの経験から、グローバル化へのステップは以下の図のように遷移していくと考える(図3)。
「Localizing」では、現地のビジネスを根付かせる、定着させることに主眼を置く。この時点では、全拠点で共通のシステムを利用するという考えを必ずしも当てはめる必要はない。
「Standardizing」において、ITコストの見直し、セキュリティの強化などに踏み出す。全社をまたがったインフラの整備、セキュリティに関するルール統一などに取り組む。
「Optimizing」では、システムの高度活用を視野に、データの標準化を目指す。経営層の意思決定に必要なデータの可視化を、グローバル規模で実施する。業務やアプリケーションの標準化も進める。
「Sophistication」では、競争優位を打ち出すため、システムの差異化/高度化を目指す。ビッグデータの活用やリアルタイム分析を可能とするため、最新技術の導入も視野に入れる。
日本のグローバル企業の場合、「Localizing」に留まっているケースが見られる。ビジネス上の理由から、あえて「Localizing」に留まるというケースを除き、グローバル化を推進するなら「Standardizing」、「Optimizing」へとステップアップする準備が必要である。ビジネスの成長の足かせとならないよう、先を見据えて取り組まなければならない。
具体的にはコミュニケーションやインフラ基盤を標準/統一化するなどして、海外拠点とビジネスをするための環境を整備すべきだ。勘定科目や取引先、商品コードの共通化/標準化、ベストプラクティスを活用したグループ内の業務標準化も必要だろう。実際に当社の顧客の中にも、これらをグローバル化のプロジェクトに取り入れ、効果をあげたケースが数多く見られる。
海外企業との競争を勝ち抜くために
欧米企業の中には、グローバル化を大胆に進めるケースが少なくない。スケールメリットを活かし、これからのグローバル競争を勝ち抜こうとしている。
こうした状況で、日本企業は競争に勝ち残れるのだろうか。マネジメントを海外拠点の自主性だけに任せている現状では、先行する欧米企業には到底及ばない。日本企業がグローバル化に向けた施策を打つなら、まず第一に海外拠点の情報システム責任者とのコミュニケーションを確立することが必要だ。最近は日本企業でも実施するケースが増えているが、各国の情報システム責任者を集めたグローバルCIO会議を開催することも有益である。
そのうえで、国内と海外拠点における役割分担を明確にしたい。グローバルのIT資産を棚卸し、競争優位のためにグローバルのスケールメリットを享受できる取り組みも考えるべきだろう。グローバルで標準化すべき領域、地域や国のローカル要件を踏まえる領域も十分検討しなければならない。これらを検討した上で、拠点や地域ごとの部分最適ではなく、全体最適となる業務/システムの将来像を描いていくアプローチが欠かせない。その取り組みは必ずしも容易ではないが、海外市場に活路を見い出すなら避けては通れない。
筆者プロフィール
荒井慎吾 プライスウォーターハウスクーパース マネージャー
2003年ベリングポイント(現プライスウォーターハウスクーパース)入社。国内、海外の幅広い業種のクライアントに対して、IT戦略策定、IT組織構築、ITガバナンス構築を中心に、IT領域の戦略立案からシステム導入までのプロジェクトに数多く携わる。
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