住・社会のインフラ創造とケミカルソリューションを事業領域として、住宅、環境・ライフライン、高機能プラスチック、フラットパネルディスプレイ製造装置などのビジネスを営む積水化学工業(本社:大阪府大阪市、東京都港区)。IT戦略に目を向けると、主要な情報システムの“内製”にこだわる独自の取り組みを続けている。その真意は? そして今後のビジョンは? 同社のIT戦略を統括する寺嶋一郎氏に話を伺った。(聞き手は川上潤司=IT Leaders編集長)
メールやグループウェア、さらには財務会計…一般的にはパッケージを適用することが多い領域で、貴社は“自前”にこだわって開発・運用していると聞きました。まずは、その経緯からお聞かせください。
私自身の経歴から簡単にお話ししますと、1979年に積水化学工業に入社し、当初は生産技術部で生産管理システムの構築を担当しました。その後、米国MIT(マサチューセッツ工科大学)への社内留学を経て、情報子会社であるアイザック(現在、NTTデータセキスイシステムズに統合)設立に参画し、AI(人工知能)を応用した、ユニット住宅生産のシステム化などに従事していました。ややもして、積水化学工業の情報システム部長をやれという辞令を受け、2000年に本体に戻ってきたのです。
当時の社内では、イントラネットを活用して全社的なコミュニケーション基盤を整えよう、基幹システムについてもERPを導入して連結経営を支える共通基盤を構築しよう、という機運が高まっていました。
一方で積水化学工業は、国内事業の分社化を進めていた時期にあり、約2万人の社員が様々なカンパニー(事業会社)に分散し、コーポレート(本社)を除くと、ある意味では中小企業の集まりのような形になっていました。実は、メール1つとっても、各カンパニーはそれぞれ個別のシステムを利用していたんです。そこにパッケージをベースにした全社共通のコミュニケーション基盤を新たに導入したいと訴えても、ライセンス費の負担が重く、受け入れてもらえない状況にあったのです。
ならば、自分たちで作ってしまおうと。
そういうことです。先述のアイザックには、AIやオブジェクト指向などの先端テクノロジーに精通した優秀なプログラマー集団がいましてね。十分に自社で開発していけるポテンシャルがあると踏んでました。
自ら作ってしまえば、ライセンス費は不要でしょ? そうして構築したメールやグループウェアなどのコミュニケーション基盤、会計/受発注システム、グループ全体の経営情報を横断的に可視化するデータウェアハウスなどを、各カンパニーに基本的に無料で使ってもらうことにしたんです。
最初の入口としては、ソフトウェアのライセンス費という現時的な問題があったんですね。
従業員が2万人ほどいる当社にとって、様々なベンダーに支払うライセンス費を積算すると結構な額になります。内製へ舵を切れば、それで浮いた分を、もっと戦略的な開発に振り向けることができるのですから、そのメリットは大きいと直感しました。
ある程度の技術力があるなら、自分たちにとって使い勝手の良いシステムを作ったほうが、結果的により大きなROI(投資対効果)を得られるというのが、今も変わらない考えです。
テクノロジーを“先読み”できる人材を育成することが重要
もっとも、自社開発にこだわるのは、単なるコスト削減だけが目的ではないんじゃないかと。もっと深い“思い”があるようにも感じて…今日はそこをじっくり伺いたいんです。
自らの手でシステム開発やメンテナンスを行ってこそ、業務側のニーズの本質が理解できるという側面があります。安易にパッケージを使うとその核心がブラックボックスになってしまい、IT部門に人材が育ちません。
本来、日本にはきめ細かなソフトウェアを開発する技術があり、それを強みとすることで、もっと競争力を高めていけると考えています。
例えば、生産管理のような戦略的なシステムを、パッケージの標準機能のみで構築するには無理があります。だからといって膨大な手間をかけてパッケージをカスタマイズするくらいなら、最初からスクラッチで作った方が思い通りの機能を実装できますし、業務要件に対する的確なセンスを磨くことができます。
上流工程の重要性は言うまでもありませんが、そこだけを見ていてはいけない。システム開発という下流工程がそれをしっかり支えてこそ、上流工程が生きてくる─。そういった意味でしょうか。
おっしゃる通りです。巨額のコストをかけたからといって良いシステムができるものではありません。アーキテクチャを含めて自社に最適な形で設計されていないと、本当の意味で経営やビジネスに活かすことはできないのです。
企業にとって、今後5~10年のスパンでITをどう活用していくのかを考え続けることが非常に重要で、それには上流工程の業務視点だけでは不十分なのです。テクノロジーを先読みする“目利き”を持った人がいるのと、いないのでは、システムはまったく違ったものになります。
とはいえ、そのような技術の先読みができる人材を育てることは、なかなか容易なことではありません。
だからこそ、磨き甲斐のある人材を集め、自由闊達に議論しながら切磋琢磨していくシステム開発の“場”を創ることが重要なのです。
ソフトウェアの“センス”に関する部分は、教科書に基づいて育成できるものではなく、様々なプロジェクトを通じて、エンジニア自身が試行錯誤しながら身に着けていくしかありません。
常に刺激的なことにチャレンジしている部隊という実態が伴えば、そこで腕試ししてみたいという人材も自然に周りに集まってくるんじゃないかと。
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