香港の鉄道カードシステムを巡る大型案件を狙う日本ITCソリューション。共同化の道を求め、北京鳳凰の創業者である董事長への直談判に臨んだ。だが会議は思うようには進まず、夕食の時間になってしまった。会食の場で、老子について語る董事長は教養があり立派な人物であることを日本ITCソリューション課長の佐々木は理解した。そして佐々木は、儒教の「五常」「五倫」について話し始めた。
「日本も戦前は『五常』『五倫』を誰もが知っていました。ですが今は、ほとんど誰も知りません。儒教は中国を元祖とし、2500年前の孔子の『論語』にも様々な説明がされています。ですから私かは、五常と五倫が中国人の精神構造の基本にあると思っています。
仁とは人を思いやること。義とは利欲にとらわれない、ということでしょう。この夕食会の前に私は『名を捨てて実を取る』という日本のことわざを説明しました。中国にも後漢書に『有名無実』という言葉がありますね。両者の中身は同じです」
そう言ってから佐々木は、会議室での話の要約を董事長に説明した。今回のプロジェクトを共同で進めることには、お互い異論はない。北京鳳凰にすれば「実」が取れれば良いのではないか。そして「名」の部分を日本ITCソリューションに譲ってほしいと董事長に熱く訴えた。
「私の提案結果が、御社の提案と同じであれば、今回は御社に譲歩していただいても良いのではないでしょうか?最も肝心なことは今、私が申し上げた『五常』と『五倫』の考えを我々が共有することではないのでしょうか」
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ここで「五常」と「五倫」について説明しよう。儒教では、仁、義、礼、智、信の五常の徳性を拡充することにより、父子、君臣、夫婦、長幼、朋友の五倫の道をまっとうすることを説いている(図1、図2)。
仁=人を思いやること。愛、慈しみ、慈悲の心
義=利欲にとらわれず、なすべきことをすること。正義、判断力、恩義、義理
礼=礼節を重んじること。辞譲の心。謙虚に、社会秩序に従い、人を敬う
智=考え学ぶ力、是非の心。知識や経験を通じた正邪の区別ができる知恵
信=友情に厚く言明をたがえないこと。真実を告げること。約束を守ること。誠実
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董事長は佐々木の話を聞き終わると、しばらくしておもむろに口を開いた。
「佐々木さん、あなたが言われることは分かりました。今のようなお話を日本人から聞くとは思ってもいませんでした。私は『五常』を金科玉条にしています。あなたの話は十分に理解できます。
文化大革命の時、私は大学を出たばかりでしたが、就職もままならず、地方の農場で5年間、働きました。おかげで農村の貧しい生活を知ることができましたし、同時に落ち着いて自分の将来の人生を考えることができました。その時の拠り所が儒教でした。
中国は5000年の歴史があります。2500年前には孔子をはじめ偉大な思想家を数多く輩出しました。そうした思想が文化大革命で排斥されたことは悲しいことです。私は逆に、その機会に数多くの書物を読みました。昔の思想家の後に、それを超える思想家が出てきていないことは残念なことです」
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