[真のグローバルリーダーになるために]

【第40回】競合のトップは拝金主義の現状を憂えていた

2016年8月5日(金)海野 惠一(スウィングバイ 代表取締役社長)

香港の鉄道カードシステムを巡る大型案件を狙う日本ITCソリューション。共同化の道を求め、北京鳳凰の創業者である董事長への直談判に臨んだ。だが会議は思うようには進まず、夕食の時間になってしまった。会食の場で、老子について語る董事長は教養があり立派な人物であることを日本ITCソリューション課長の佐々木は理解した。そして佐々木は、儒教の「五常」「五倫」について話し始めた。

国は豊かになったが誰もが金に走っている

 董事長は続けた。

 「今の中国は共産主義とはいいながら資本主義国家です。ですが民主主義国家ではありません。一党独裁です。とはいえ、みなさんの民主主義国家と比較しても、なんら遜色はないと確信しています。問題は中国国民の心です。国が豊かになり、誰もがお金に走っています。佐々木さんが言った『五常』を考えている人が極めて少なくなりました。

 みなさん、この度は本当に遠路から、よくお越しいただきました。大変感謝いたします」

 そう言った董事長は「今日は別件の約束がある」と退席してしまった。肝心なところで話は終わってしまった。ただ佐々木は、自分の話に董事長が感じるところがあったことだけは事実だと思っていた。

 董事長が退席してしまい、話の進展を期待していた日本ITCソリューションの苑田専務と三森事業部長はがっくりきてしまった。もう一押しのところで、うまくかわされてしまった。デザートのスイカが出てきたが、そのスイカは甘くなかった。彼らの気持ちと一緒だった。ここはお開きにするしかなかった。

 「みなさん、今日の食事はいかがでしたか。北京の日本料理も結構いけますでしょう。董事長はみなさんの考えに納得して帰りました。彼が先ほどのように昔の話をすることは滅多にないことです。相当彼の琴線に触れたのでしょう。

 いずれにしましても入札日まであと3週間もありません。是非、両社共同で、このプロジェクトを成功させましょう。本日はありがとうございました。ホテルまでお送りいたします」

 蘇総経理は、そう言うとワゴンカーの運転手に電話を入れた。車はすぐにレストランの前に到着し、日本ITCソリューション3人が乗り込んだ。今回の宿泊場所はシャングリラホテルだったので、15分ほどで着いてしまった。

 「専務、ここはガーデンバーがあります。一杯どうですか?」

 「そうですね。一杯行きましょうか」

 三森の誘いに苑田が答え、3人はガーデンウィングのバーに出向いた。苑田と三森は水割りを注文し、佐々木はシンガポールスリングを注文した。苑田が口を開いたが、その声には口惜しさがあふれていた。

 「今回は参りました。董事長が佐々木の熱弁にあそこまで気に入ってもらえ、さらに彼が、あそこまで話したのですから、本当にもう一息だったような気がします。ねぇ、三森さん」

 「その通りです。あの調子でしたら、間違いなく我が社に入札を譲ってもらえそうでした。董事長は何か意図があって退席したのでしょうか」

(以下、次回に続く)

海野恵一の目

海野惠一

 今回のポイントは蘇董事長が発した次の言葉だ。

 「今の中国は共産主義とはいいながら資本主義国家です。ですが民主主義国家ではありません。一党独裁です。とはいえ、みなさんの民主主義国家と比較しても、なんら遜色はないと確信しています」

 中国は民主主義国家ではない。一党独裁国家である。しかも、あと数年で世界最大のGDPを保有する。しかしながら、この国家は世界のオぺレーションリスクの過半数を持っている。現在の主席は習近平だが、彼が全権力を掌握しているわけではない。10万人ほどの利害関係集団が、この国家を支配している。そういう意味では10万人の合議制国家であるとも言える。

 10万人の内訳は、約3000人の人民代表大会代表のほか、軍部、地方政府、国有企業からなっている。それぞれに利害関係を持つ彼らが、実質的な国家すべての意思決定機関である。習近平をはじめとしたトップ7人だけでは、政府の重要事項は決定できない。

 であるから、風力発電や太陽光発電のように合意が取りやすいものは世界一になれるが、PM2.5のような環境問題は、石油がらみの国有企業が合意しない限り解決できない。2013年に中国政府が設定した東シナ海防空識別圏も軍部を抑えられなかったからだと言える。土地改革についても地方政府のコンセンサスが取れない限り、中央政府は改革ができない。経済改革とか政治改革は利害関係集団の合意がないと何も動かないのである。

 そのため今の中国政府は「汚職撲滅」と称して、利害関係集団の責任者たちを摘発し、配下に収めようとしている。鉄道部と石油企業はトップがすでに更迭された。国有企業で残っているのは電力だが、そのうちに彼らの汚職が摘発されるのだろう。地方政府や軍部にもメスが入れられているが、その組織は国有企業より巨大なだけに、そう簡単にはいかない。こうしたことを理解した上での行動が必要である。

筆者プロフィール

海野 惠一(うんの・けいいち)
スウィングバイ代表取締役社長。2001年からアクセンチュアの代表取締役を務める。同社顧問を経て2005年3月退任。2004年にスウィングバイを設立した。経営者並びに経営幹部に対するグローバルリーダーの育成研修を実施するほか、中国並びに東南アジアでの事業推進支援と事業代行を手がけている。「海野塾」を主宰し、毎週土曜日に日本語と英語での講義を行っている。リベラルアーツを通した大局的なものの見方や、華僑商法を教えており、さらに日本人としてアイデンティティをどのように持つかを指導している。著書に『これからの対中国ビジネス』(日中出版)、『日本はアジアのリーダーになれるか』(ファーストプレス)がある。当小説についてのご質問は、こちら「clyde.unno@swingby.jp」へメールしてください。

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