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【第41回】工数と単価を変えて3種の入札資料を作成

2016年8月19日(金)海野 惠一(スウィングバイ 代表取締役社長)

香港の鉄道カードシステムを巡る大型案件。日本ITCソリューションの課長である佐々木は、競合相手の北京鳳凰の董事長に儒教の「五常」「五倫」の話をし、日本ITCソリューションが受託し、北京鳳凰との共同プロジェクトとして進めることを直談判した。だが董事長は早々に退席してしまう。日本ITCソリューションの苑田専務と三森事業部長、そして佐々木は拍子抜けしたままホテルに戻った。

 3種の資料はそれぞれ意図が違っている。北京鳳凰用は、彼らの単価を低く抑え、工数は多めにしてある。入札用はオーバーヘッド工数を正直には申請できないので、すべての工数を多めに出し、単価を高めに設定した。社内用が本音の数字である。

 そのうえで北京鳳凰用では、提案の8億香港ドル(約124億円)のリスク見込み分を除いた7億香港ドル(約108億円)の半分となる3億5000万香港ドル(約54億円)を北京鳳凰が担当する提案書になるように作成した。入札用には、そのリスク分は見込んでいない。

 佐々木と三森は今回も同じ便で香港に向かった。このときも、たまたま着いた日が日曜日だった。夕食は2人で採った。森山は家族があるので誘わなかった。2人とも「たまには食べたいところで食べよう」ということで、広東ロードにあるマルコポーロホテルの「夜上海」に出向いた。宿泊先も今回は同じカオルーンホテルだったので、レストランまでは歩いてもすぐだった。

 夜上海はミシュランの二つ星の店で、さすがにうまかった。上海蟹の季節ではなかったため蟹は食べられなかったが、高級感のある料理だった。2人は翌日の入札資料最終会議の話よりも、ここの料理に堪能してしまった。

 入札資料最終会議の前日とは言え、だいぶ先が見えてきたので、昨今の政治談議にも花が開いた。色々な雑談の中で、米コネチカット州ニューイングランドにあるクィニピアック大学が実施したアンケートの結果についての話題が一番盛り上がった。オバマ氏が戦後最悪の大統領としたのが33%、ブッシュが28%だったという結果をCNNがニュースで報じていた。

 ほかにも、2014年3月にプーチンがクリミアをロシアに編入したり、シリアでの反体制派への支援が裏目に出て、イスラム国を支援してしまったり、中国が石油掘削活動を続ける南シナ海・西沙諸島近海でのベトナムとの衝突に対しアメリカが積極的でなかったりなどなど、2人の話題は尽きなかった。

 佐々木は明日の報告会については、あまり心配していなかった。内容は既に三森には報告済みだからだ。それよりも明後日の北京鳳凰との打ち合わせをどう進めるかに関心が移っていた。入札日が7月15日だから、あと一週間しかない。ここで交渉がうまくいかなかったら、競合入札になり負けてしまう。蘇総経理は悪い人ではないので、負けても、それなりの処遇はしてくれいるだろう。だが郭海外事業部長が、どう対応するか見当がつかない。

 予定通り7日の入札資料の最終調整会議は、つつがなく終了した。いよいよ北京鳳凰と4度目の交渉の場を迎えるた。先方とのアポは前回と同じく午後4時なので、飛行機は前回乗り遅れた10時半のフライトにした。到着が2時だから十分間に合う。今回は寝坊しないように、しっかりと目覚ましをセットした。

(以下、次回に続く)

海野恵一の目

海野惠一

 今回のポイントは、入札資料を北京鳳凰用と入札用、社内用に3種類作成したことだ。それぞれに用途が異なるため、単価と工数を変えている。日本企業は、こうした資料をあまり作らないが、アジアではよく作成されている。

 例えばオーナー企業において特に顕著なのは財務諸表の作成だ。税務署用、従業員向け、オーナー用と3種類の資料を作成する。もちろん、それぞれの目的が異なる。税務署用は税金を払わないように、社員用は営業外損益などの収入を公開しないようにしている。オーナー用は本当の数字を記入する。

 そうした実状から、彼らが外部資本を受け入れたいという時に、実際の数字をどう把握するのか難しいという問題が発生することが多い。オーナーが本当の数字を公開したがらないからだ。税務署用とか社内用の数字では、その企業の実態は把握できない。かといってオーナーは実態が漏れることを恐れて、本当の資料を公開したがらない。

筆者プロフィール

海野 惠一(うんの・けいいち)
スウィングバイ代表取締役社長。2001年からアクセンチュアの代表取締役を務める。同社顧問を経て2005年3月退任。2004年にスウィングバイを設立した。経営者並びに経営幹部に対するグローバルリーダーの育成研修を実施するほか、中国並びに東南アジアでの事業推進支援と事業代行を手がけている。「海野塾」を主宰し、毎週土曜日に日本語と英語での講義を行っている。リベラルアーツを通した大局的なものの見方や、華僑商法を教えており、さらに日本人としてアイデンティティをどのように持つかを指導している。著書に『これからの対中国ビジネス』(日中出版)、『日本はアジアのリーダーになれるか』(ファーストプレス)がある。当小説についてのご質問は、こちら「clyde.unno@swingby.jp」へメールしてください。

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