香港の鉄道カードシステムを巡る大型案件。日本ITCソリューションの課長である佐々木は、競合相手の北京鳳凰の董事長に儒教の「五常」「五倫」の話をし、日本ITCソリューションが受託し、北京鳳凰との共同プロジェクトとして進めることを直談判した。だが董事長は早々に退席してしまう。日本ITCソリューションの苑田専務と三森事業部長、そして佐々木は拍子抜けしたままホテルに戻った。
「いや、違うと思います。きっと大事な用事があったのでしょう」
「董事長は何か意図があって退席したのではないか」とする事業部長の三森の問いかけに、苑田専務は答えた。
「専務。であれば、もう一度チャレンジしてみましょう。再来週の月曜日が入札資の最終調整日に予定されています。それまでに、プロジェクトの工数配分と日程の再調整を北京鳳凰が参画する前提で作ってみましょう。それを見れば彼らも考え直すかもしれません。我々のような詳細な積み上げは、きっと彼らはしていませんから、びっくりするはずです。董事長に、もう一度お越しいただきましょう」
佐々木の提案に、苑田専務はしばらく考えてから答えた。
「佐々木さん、いいアイデアだとは思いますが、本当に北京鳳凰を納得させられるような資料を作成できますか。彼らもアメリカの連中と共同でプロジェクトを進めています。方法論についてはアメリカ方式で相当細かいところまで検討しているのではないでしょうか。それに彼らにとっては中国語で進むプロジェクトですから我々とは違ってオーバーヘッドが相当少ないはずです。そうしたことも考えて慎重に検討しないと彼らは相手にしてくれません」
「分かっております。是非もう一度、挑戦させてください」
佐々木は言った。だが三森が「もう遅いので」との言葉に、苑田も「そうだな」と答え、一同はバーを後にした。それでも時刻は22時半を少し回ったところだったので、部屋に戻った佐々木は、7月7日の入札資料の最終調整までの仕事の進め方と蘇総経理への再度のアプローチをどうするかに思いを巡らした。今回の会合では董事長の対応に手応えがあっただけに「いけるかもしれない」という意欲が湧いてきた。
翌朝、彼らは8時35分発の早い便で東京に帰った。この便だと、うまくすれば2時過ぎには汐留の会社に戻れる。佐々木は会社に戻ると早速、今回の顛末と今後の進め方を報告書に書き始めた。昨晩と飛行機の中の4時間で、あらかた内容を書き上げていたので午後6時過ぎには報告書を書き上げられた。
報告書は専務と事業部長のほか、香港支社副社長の森山、それから香港の案件で手を組んでいる三井商事の筒井にも送った。筒井と森山にはスカイプでも経緯を説明した。もう一度チャレンジすることについて筒井は「よくそこまで粘ったなあ」との意見をくれた。佐々木はここまで来た以上、後には引けないと意を強くした。
帰国した翌朝、佐々木は今度はメールではなく、蘇総経理に直接電話をして、一昨日の礼を述べるとともに「詳細なプロジェクトの資料を作成したので説明に行きたい」と申し出た。
「佐々木さん、それはありがたい。私共も今回のプロジェクトの資料については最終化を進めているところです。是非、進め方について内容をすり合わせたいですね。時間も迫っています。いつがいいですか?」
蘇の質問に佐々木は「7月7日に入札資料最終調整の会議が香港であるので、8日ではどうか」と言って蘇の合意を得た。約束は8日の午後4時ということになった。三森には事前に8日に北京に行くことでは合意ができていた。
入札資料は目的別に3種類作った
7月7日、入札資料の最終調整に苑田専務は参加ができず、三森と佐々木が出席した。かねてからの打ち合わせ通り、北京鳳凰を参画させる案で資料が作成されていた。最近のシステムは便利で、入札資料には「外注先」としておき、北京鳳凰に見せる際には、そこを「北京鳳凰信息科技有限公司」にすぐに書き換えられる。彼らに持っていく資料の工数、入札用の工数、社内用の工数の3種類に分けて資料は作成した。
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