[真のグローバルリーダーになるために]

【第42回】遠慮ない質問に真摯に答え信頼を得る

2016年9月2日(金)海野 惠一(スウィングバイ 代表取締役社長)

香港の鉄道カードシステムを巡る大型案件の入札日が近づいていた。日本ITCソリューションの課長である佐々木は、競合相手、北京鳳凰の蘇総経理に最後の説明に向かう。入札資料の最終調整会議では、北京鳳凰用、入札用、本社用の3種の資料を用意した。佐々木と三森事業部長は、北京鳳凰用の資料を携えて北京に向かう。

 意味は次の通りである。

 「勝利の見立てが普通の人間にも分かる程度のことであれば、最高に優れているとは言えない。戦いに勝利して、それを天下の広く一般の人から褒め称えられるようでは、最高に優れているとは言えない。それはあたかも、細い毛を持ち上げたからと言って力持ちとは言えず、太陽や月が見えたからと言って目が良いとは言えず、雷鳴が聞こえたからと言って聴力が優れているとは言えないのと同じことである。古くから兵法家が考える優れた者とは、容易に勝てる相手に勝つ者である。勝利を収める軍は、まず勝利を確定しておいてから、その勝利を実現しようと戦闘に入るが、敗北する軍は、先に戦闘を開始してから、その後で勝利を追い求めるのである」

 要するに、このプロジェクトを勝つべくして勝てるようなシナリオに佐々木は持って行こうとしている。

 「皆さん、今日も董事長を夕食に呼んでいますので、あと30分で終わらせてください」

 そう言って蘇は席を外した。佐々木は、まだ残り10ページもあるので「あと30分では終わりそうにはないな」と思いながらも説明を続けた。邱と郭は、明らかに前回とは違って我々に対して近寄ってくる様子を佐々木は感じ、「これはいけるぞ」と内心思っていた。その30分はあっという間に過ぎて、45分も過ぎたころに蘇が会議室に戻ってきた。

 「さあ、食事の時間です。今日は鍋料理の『新辣道』にしました。日本の鍋とはだいぶ趣が違いますが、行きましょう」

 全員が、そこで会議を中断し、蘇に従って店に向かった。蘇は、この店が農村出身の出稼ぎ労働者を実習や業務に受け入れるなどの奉仕活動をしていることを認め、かねてからよく利用している。

 彼らは一緒に店に着いたが、先ほどの会議での説明で、邱も郭も日本人の2人に対し、前回とは違った態度を見せるようになっていた。店では前回同様に董事長が待っていた。董事長に、それぞれが挨拶をすませると郭が注文し、料理が直ぐに出てきた。しばらくして董事長が口を開いた。

 「先日は失礼しました。どうしても外せない約束があり席を中座してしまいました。以前、中国科学院軟件研究所の研究員をしていましたので、政府の方々との付き合いが未だにあります。前回の佐々木さんのお話には感服しました。今回も私どもに色々と香港のプロジェクトについて、ご教示いただいているとのこと感謝申し上げます。

 先ほど愚息である総経理から、皆さんから頂いた詳細な資料のことを聞きました。さすがに日本の方々は多々ご苦労をされているだけあって、それぞれの項目について造詣が深いようですね。是非、私共に色んなことを教えてください」

 謙虚に語る董事長の言葉は、蘇総経理が通訳していた。

 「とんでもございません。御社にも弊社にも、それぞれに得意なところがございます。お互いが助け合っていけば良いのではないでしょうか」

 三森は駆け引きではなく、心から、そう答えた。

(以下、次回に続く)

海野恵一の目

海野惠一

 今回のポイントは、佐々木が邱と郭に絶対的な信頼を抱いてもらおうとして、彼の準備してきた資料を丁寧に説明していることである。孫子の兵法の軍形篇の後段に「勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め」という言葉がある。すなわち「勝利を収める軍は、まず勝利を確定しておいてから、その勝利を実現しようと戦闘に入る」という意味だ。北京鳳凰からの信頼をどう得るかが今回の勝敗の決め手だということを佐々木はこの軍形篇から理解していた。

 「日本人と組めば、このプロジェクトは絶対に成功する」という印象を北京鳳凰の人たちに与えるのが佐々木の狙いだ。日本人は「ともかくやってみよう」とか「その場になってみないと分からない」といった対応をしがちだ。だが佐々木は、山下塾での孫子の教えを忠実に守って対応している。

筆者プロフィール

海野 惠一(うんの・けいいち)
スウィングバイ代表取締役社長。2001年からアクセンチュアの代表取締役を務める。同社顧問を経て2005年3月退任。2004年にスウィングバイを設立した。経営者並びに経営幹部に対するグローバルリーダーの育成研修を実施するほか、中国並びに東南アジアでの事業推進支援と事業代行を手がけている。「海野塾」を主宰し、毎週土曜日に日本語と英語での講義を行っている。リベラルアーツを通した大局的なものの見方や、華僑商法を教えており、さらに日本人としてアイデンティティをどのように持つかを指導している。著書に『これからの対中国ビジネス』(日中出版)、『日本はアジアのリーダーになれるか』(ファーストプレス)がある。当小説についてのご質問は、こちら「clyde.unno@swingby.jp」へメールしてください。

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