[ザ・プロジェクト]
世界トップクラスの海運業を支えるIoT+ビッグデータ─日本郵船
2016年11月15日(火)佃 均(ITジャーナリスト)
日本郵船の保有船舶782隻、総積載トン数6,265万tは世界の海運業のトップクラスである。広く知られるのは豪華客船「飛鳥II」だが、一方でわが国の資源エネルギー輸入や自動車輸出を担っている。782隻をいかに効率よく運航し、燃費効率を高めるかは国際競争力の根源だ。そのためにITをどう使うか、同社 情報企画グループ長の班目哲司氏に聞いた。
ソマリアの海賊対策にも奔走したプロジェクトリーダー
日本郵船の「攻めのIT経営銘柄2016」選定事由は、(1)IoTを活用した最適経済運航プロジェクト「IBIS(Innovative Bunker & Idle-time Saving)」、(2)OR(オペレーションズリサーチ)手法を応用した空コンテナ回収の取り組みの2点だ。
我々が入手できる経済産業省・東京証券取引所の資料には、これしか説明されていない。そこで「改めて詳細な話を」とお願いしたのだが、挨拶も早々、同社 情報企画グループ長の班目哲司氏(写真1)は自身の経歴から切り出した。
「入社して最初に情報システム部門に配属されました。そのあと物流部門、ネット部門に足掛け7年、1年間は組合専従を務めまして……」。
米国現地法人、コンテナ事業部門、グループ企業の再編やソマリアの海賊対策に奔走するなどして、情報企画グループ長に就いたのは2013年だった。現在はさらに100%出資のIT子会社NYK Business Systems(NBS)社長、富士通との共同出資会社「YJK Solutions」の取締役も兼ねている。
「30年ぶりのIT部門は様変わりでした。当時のわたしはCOBOLのエンジニア、入社時の情報システム室長は鈴木秀郎さんでしたから」。
懐かしい名前が飛び出した。鈴木氏といえばテレコムサービス協会の母体の一つ、一般第二種電気通信事業者協会の立役者で、物流の課題をVAN(Value Added Network)で解決しようと制度改革に挑戦した。鈴木氏の名前を出すことで、間接的に心意気を示したのかもしれない。
「ユーザーの立場で考えた情報システム部門の姿とは、現場のニーズを的確・迅速にITで解決すること。私が取り組んだ最初の仕事は、その体制を作って実行することでした」。
2013年は中期事業計画「More Than Shipping(MTS)2013~アジアの成長を世界に繋ぐ~」の最終年度、かつその継続・拡張版である「MTS2018~Stage2きらり技術力~」の準備を進めているところだった。その年に班目氏は、IT戦略会議議長で代表取締役・副社長経営委員だった内藤忠顕氏(2015年から社長)直属のIT実行部隊を指揮することになった。ちなみにIT戦略会議は2015年にグループIT政策会議に改称、内藤忠顕氏は同年社長に就任した。
CO2削減と運航効率の改善
班目氏が取り組んだIT利活用の中核コンセプトはエコロジーで、プロジェクトは「Innovative Bunker & Idle-time Saving」の頭文字を取って「IBIS」(コウノトリ)と名付けられた。CO2の削減はグローバル企業としての努めだが、同時にそれは燃料コストの削減につながっていく。
国際海運業は営業エリアの制約がない。日本の企業だからと言って必ず日本の港を拠点にする必要はなく、例えばタイで作られた自動車をヨーロッパに運ぶことも、ベトナム製の衣類をアメリカに運ぶこともできる。「海運自由の原則」だ。また関税障壁が基本的にないため、参入の門戸が開かれている。つまりほぼ完全な自由競争の環境にある。
一方、運賃や傭船料は船舶の需給関係で大きく変動する。経済活動が活発なところから経済活動が活発なところへ荷物を運ぶため、1隻当たり2万5000ドルだった運賃が30万ドルに跳ね上がったことがある。すると多くの企業がどっと参入した。結果、100分の1の3000ドルに下落した、という。
そうした中で収益を安定させるには、事業のバランスを取るのが第一だ。実際、日本郵船の保有船舶はコンテナ船99、撒積船377、原油タンカー68、LNG(液化天然ガス)船29、チップ(紙原料)船47、特殊・在来貨物船41、客船・その他各1で、特定領域に偏っていない。
第二の方策は長期契約の大口顧客を持つこと。ギャンブルをしないので大儲けはできないが、その代わり大損もしない。コンテナ輸送では世界10位に入るかどうかだが、自動車輸送は世界1位、LNGでは第2位、タンカーは第4位と地盤をきっちり固めている。
「ではどこで国際競争力を確保するかといえば、安心・安全。石油やLNGなど危険物を運ぶわけですから、船員の教育が大切です。それと積み荷が今どこにあって、どんな状態にあるのか、その情報を正確に把握し提供すること」。
第三の方策が船舶の運航効率と燃料効率の改善だ。
具体的には、帰路の積み荷を確保したりコンテナの回転をよくする、タービンの改善や船底の摩擦を低減するなど。聞けば「なるほど」だが、売上高2兆3000億円、連結従業員3万4000人の大所帯だ。どこからどう着手して行くのか。
●Next:早期から取り組んだIoTプロジェクトの全容
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