働き方改革であらためて注目を集める「テレワーク」。だが、現状では多くの誤解を受けている。これは決して一部の社員のためのお助け制度でも、人が顔と顔を合わせることを軽視するものでもない。企業が次世代の働き方を実現するために、成長戦略の中核に据えてしかるべき取り組みなのである。「“儲ける”ために働き方を考えよう」というユニークな提唱を行う日本マイクロソフトで働き方改革の推進役を務める小柳津篤氏に、同社の実践とそこで得た教訓をたっぷり語ってもらった。

全員で一斉に体験することが意識の変化につながる

 日本マイクロソフトでも、この4つを整えてからすぐに社員の習慣が変わったわけではない。テレワークという働き方はまだ浸透していなかった。

 それを変えたきっかけは、2011年3月11日の東日本大震災だった。この日は金曜日で、同社はその翌週、社員の出社を禁止した。自分と家族の安全を考え、東京を離れてもいいし、どこにいてもいい。しかし、会社に来ないからといって臨時休業でも自宅待機でもなく、月曜日の朝から全業務を再開すると通達したのだ。

 その結果はどうだったか。小柳津氏によれば、出張などで社員が一度もオフィスに立ち寄らないケースは当然あるが、「全員が会社に行かない」となると想定したことがなく、本当にそれで仕事が回るのかが正直、不安だったという。

 「でも、実際やってみたら、何も困らなかった。こういう環境で十分に仕事がこなせるということに全員が気づいたのです。これ、全員というのが大事で、社長や推進者だけとか、営業だけとかじゃなく。こういう環境を使えば仕事ができるんだっていうことを全員が経験してしまった。それ以降、一気に新しい働き方が広がっていきした」(小柳津氏)

 全員で一斉に体験することが何より重要であることを知り、取り組みはその後も続く。日本マイクロソフトは、2012年、2013年と社内でテレワークの日を設け、全員で働き方の多様性を実際の業務を通じて浸透させることに取り組んできた。

 2014年からはそれを社外にも広げて32法人、2015年には何と651法人の賛同を得て、「テレワーク週間」として実施。2016年には「働き方改革週間」と名称を変えて、833法人まで参加の輪が広がっている。この動きは政府主導の「テレワーク月間」にもつながっていった。

勤務時間と業績管理を切り離すことが必要

 ご存じのとおり、今、社会では長時間労働が問題になっている。日本では長年の習慣として、長く働くことこそが会社への貢献を表すものだと捉えられてきた風潮がある。しかし、一方で、長く働くこと以外にも、物事のクオリティや付加価値といった、中身で勝負できるような仕事も世の中には多いはずだ。「10時間会社にいたんだからそれだけの給料をもらう」ではなく、時間管理とパフォーマンスマネジメントを明確に分けることが必要とされてきている。

 日本マイクロソフトでは、日本の労務管理の習慣に従い、個人の勤務時間の記録や管理はしているが、労働時間の長さこそが会社への貢献だという判断はしない。また、出先のカフェで仕事をしていることをもって、活躍だともサボっているとも評価はしない。ただ、物事が進捗したことに対して貢献の評価を与えるという考えだ。逆に言うと、オフィスでずっと長時間キーボードを叩き続けていても、物事が進捗していなかったら貢献していないということになる。

 日本マイクロソフトが働き方改革を実施し、それが全社員に浸透した2011年から2015年の間の主な成果が図5にまとめられている。事業生産性が+26%と大幅に向上しているのに加えて注目すべきは、社員満足度調査におけるワークライフバランスが+40%と劇的に向上している点だ。

図5:日本マイクロソフト「働き方改革」で得た主な成果(出典:日本マイクロソフト)

 仮に一時的に売り上げが好調で生産性が上がったとしても、社員が満足していなければあっという間に生産性は低下する。つまり、社員満足度は、事業生産性や業務効率性の先行指標だと言える。女性離職率も劇的に改善し、旅費/交通費や、紙、電気などの経費も大幅に削減した。まさに、冒頭で述べたとおり、一部社員向けのお助け制度ではなく、「儲けるため」の働き方改革が実を結んだ事例がここにある。

企業の意識は大幅に変わってきているが、中小企業はまだまだ

 ここ数年で「働き方改革」の認知は一気に広がった。特に大手企業のトップの意識は変わり始めており、働き方改革は人事施策や福利厚生ではなく、経営戦略論であるということに気づき始めている。実際に経営革新テーマとして取り組み始めている企業も多い。一方で、中小企業以下の意識はまだなかなか変わらない。「中小企業の経営者こそ考えないといけない」として、小柳津氏は次のように指摘する。

 「中小企業が、大企業に企業体力とか資金力で負けているのであれば、せめて働きやすさとか働き方の多様性などのメリットがなければ優秀な人材は来ない。また、中小企業こそドラスティックに会社を変えられるポテンシャルがあるのです。大企業にはないフットワークの軽さで先進的なチャレンジを行うことが、企業競争力の向上や人材確保に動くのは理にかなっていると思います」(小柳津氏)。