[インタビュー]
“儲かる”から確実に成果が出続ける「働き方改革」―日本マイクロソフトの実践
2016年12月7日(水)池辺 紗也子(IT Leaders編集部)
働き方改革であらためて注目を集める「テレワーク」。だが、現状では多くの誤解を受けている。これは決して一部の社員のためのお助け制度でも、人が顔と顔を合わせることを軽視するものでもない。企業が次世代の働き方を実現するために、成長戦略の中核に据えてしかるべき取り組みなのである。「“儲ける”ために働き方を考えよう」というユニークな提唱を行う日本マイクロソフトで働き方改革の推進役を務める小柳津篤氏に、同社の実践とそこで得た教訓をたっぷり語ってもらった。
テレワークの「3つの大きな誤解」
働き方改革における「テレワーク」と聞いたときに、ビジネスパーソンが思い浮かべる誤解がいくつかある。以下がその代表格だろう。
- 「出産・育児・介護などによって働き方に制約が生じる社員のための制度であって、それ以外の社員にはあんまり関係ないでしょう」
- 「ネット越しでばかり仕事をして、実際に人と会ってコミュニケーションすることを軽視しているんじゃない?」
- 「会社に来ないで、外でサボっている社員が増えてしまいそうだ」
しかし、日本マイクロソフト テクノロジーセンター エグゼクティブアドバイザーの小柳津篤氏はいずれもきっぱりと否定する。
日本マイクロソフトがみずから実現する働き方改革の目的はズバリ、“儲ける”ためにあるという。AIやロボットに次々と人間の仕事が置き換えられていく10年後、20年後の未来に向け、トップランナーとして走り続けるための成長戦略の中核に「ワークスタイル変革」が位置づけられているのだ。マイクロソフトの考える次世代の働き方とは何か。同社でその推進役を務める小柳津氏へのインタビューから紐解いていこう。
テレワークは「儲けるためのもの」
「はやく決めて」「はやくやる」が企業成長を支える
日本企業の場合、働き方改革におけるテレワークと言えば、出産・育児・介護など働きづらい事情がある社員を助けるためのものというイメージがもたれがちだ。しかし、マイクロソフトで取り入れられている制度は根本的に異なる。小柳津氏はこう説明する。
「我々はテレワークを、働きづらい社員のお助けプログラム的にやっているわけではありません。儲けるための経営戦略として取り組んでいます。したがって、最初から、“全員”、“毎日”をスコープにしています」
マイクロソフトの企業成長を支えてきた働き方の基本プログラムに、がある。つまり「はやく決めて」「はやくやる」ということだ(図1)。
マイクロソフトが “はやく決める”ために重要視しているのが「可視化」。言葉を変えると「数値化」である。
意思決定の際に用いる経営ダッシュボード画面1つとってもそれが表れている。同社のダッシュボードには文字によるコメントが一切入っていない。グラフや表は、進捗が良好なら青、ある程度のマイナスなら黄、閾値を割り込むと赤といった色分けが必ずなされている。
「私たちが意思決定する際に最初に見る情報は、数字・グラフ・シグナルの色だけなんです。これなら全体を見渡すのがすばやく、簡単にできます。『あ、ここが赤いぞ』と要注意のポイントを見つけて、『どのくらい足りないか? あ、640万足りない』といったようにビジネスの振幅を把握するまで、かかる時間は3秒です」(小柳津氏)。
同社でも、昔は意思決定に必要な情報の8割がコメントだったという。「コメントが厄介なのは、書いてあることがいい加減なことです」と小柳津氏。日々の意思決定の中で、「まあまあ」とか「そこそこ」とか「頑張ります」など、気持ちはわかるが本当のところがよくわからないコメントに悩まされることも多かった。
それが今では、役割や権限によって自分向けにパーソナライズされた画面を常に閲覧でき、しかもリアルタイムで自動的にどんどん中身が変わっていく。マイクロソフトはタスクやプロジェクトの進捗のすべてに完了基準を設けており、今までコメントでしか表現できなかったようなビジネスの状態も数値化している。だから、早く正しく意思決定ができるというわけだ。
Face to Faceが一番大事なコミュニケーションだという基本は変わらない
もちろん、意思決定をすばやく行っただけでは成果に結びつかない。マイクロソフトのような、長年高収益を維持するリーダー企業では、とにかくExecution(実行)が求められる。“はやくやる”ために、意思決定したことを組織活動で展開していくときのプログラムが、「いつでも」「どこでも」「誰とでも」交流する「フレキシブルワークスタイル」だ。
しかし、ここに世間のイメージとして冒頭で述べたような誤解がある。それは、「いつでも」「どこでも」「誰とでも」仕事をすることが、「人を会うことを軽視している」と思われるという誤解だ。小柳津氏は、日本マイクロソフトの社員がいつでもどこでも仕事をしていると言うと、人と会うことを軽視し、ネット越しにばかり仕事をしていると思われて、「仕事はFace to Faceが一番だ」などと怒られることがあると嘆く。
「これはものすごい誤解です。私たちはFace to Faceがどうでもいいとも、ネットの住人になりたいとも思っていません。皆が顔を合わせることが大事なのは今も昔も変わりません。対面が必要なコミュニケーションは当然行います。それが最も大切なコミュニケーションのシーンであることを理解したうえで、適材適所でツールを活用し、『いつでも』『どこでも』『誰とでも』のコミュニケーションを実現しているのです」(小柳津氏)
事実、いつでもどこでも会社にいるのと同様の仕事ができるにも関わらず、同社の社員が自分のワークタイムを一番長く過ごしているのは品川本社オフィスなのだという。
もちろん、初めて会う場合や、複雑な意見を戦わせる場合など、対面こそが重要なケースはたくさんある。一方で、我々の仕事を振り返ってみると、すでに人間関係が出来上がっている人と意見交換したり、情報共有したり、意思決定したりするシーンもまた、たくさんある。日々の膨大なやりとりを逐一、全員が同じ部屋に集まるまでやらない、全員揃うまで決められない――そんなことを続けていると、手続き・根回し・段取りなど、目的にたどり着くまでにおそろしく時間と労力がかかってしまう、業務効率も働きやすさもとうてい改善できないだろう(図2)。
「当社では、日本人が持っているこれまでの習慣や価値観などの優先順位は一切変えることなく、選択肢を増やしているのです。われわれがやりたいのは、ひとえに『早く、たくさんの人とかかわる』こと。昔は同じ部屋でしかできなかったことを、部屋の外でもやれちゃいますよということなんですね」(小柳津氏)
その際に日本マイクロソフトは、あらゆる社員の経験・能力・情報を最大現に活用すること最重視して追求する。社員一人ひとりの能力開発も重要だが、組織としての人材の最大活用を図るのに、こうしたワークスタイル変革の取り組みがあるわけだ(図3)。