働き方改革であらためて注目を集める「テレワーク」。だが、現状では多くの誤解を受けている。これは決して一部の社員のためのお助け制度でも、人が顔と顔を合わせることを軽視するものでもない。企業が次世代の働き方を実現するために、成長戦略の中核に据えてしかるべき取り組みなのである。「“儲ける”ために働き方を考えよう」というユニークな提唱を行う日本マイクロソフトで働き方改革の推進役を務める小柳津篤氏に、同社の実践とそこで得た教訓をたっぷり語ってもらった。

日本マイクロソフトが目指して実践する「ネットワーク型業務」

 従来型の日本企業では、縦型の組織の中、部門内のメンバーで協力して段階を踏み業務を進めていくプロセス型の業務が主流だった。こうしたプロセス型の業務は、標準化が進めばITシステムに置き換えられたり、アウトソースが可能になったりするものだ。

 日本マイクロソフトが以前から目指し、すでに成果を生んでいるのは、コミュニケーションを中心にした「ネットワーク型業務」だ。これは、1つの商談プロジェクトを事業部内の人間だけで進めるのではなく、事業部の枠を超えて必要な人材を集め、スピーディな情報共有やコミュニケーションを図ることで、より付加価値の高い仕事を実現していくというモデルだ。

 図6をご覧いただきたい。A社向けの1つの商談プロジェクトがクロージングするまでに、事業部内の人間が26人に対して、事業部外の人間は30人も関わっている。もちろん個人も、事業部や国の枠を超えて、自らの持つ経験・能力・情報が必要とされる多数のプロジェクトに関わることになる。

図6:「ネットワーク型業務」による働き方のイメージ(出典:日本マイクロソフト)

 例えば専門職のBさんは、2014年に、68もの事業部の115件の商談に関わった。マイクロソフトでは、同じ事業部内で多数の人間が関わったプロジェクトよりも、複数の事業部の人間を多数巻き込んだプロジェクトのほうが、付加価値が高くなる結果が出ているという。

 こうした事業部や国の垣根を超えてのスピーディなコラボレーションを個人の力だけで実現するのは困難だ。ここまで述べてきた日本マイクロソフトの働き方は、すべてこのネットワーク型の業務/コミュニケーションをサポートするためにデザインされていると言っても過言ではない。オフィスやモバイル、労務管理などはもちろん、多数のプロジェクトに貢献したことを正当に評価するための評価制度まで、すべてがこのネットワーク型業務を実現するためにデザインされているのだ。

 ネットワーク型業務にからめて、小柳津氏は、トマス・W・マローン氏の『フューチャー・オブ・ワーク (Harvard business school press)』(2004年、武田ランダムハウスジャパン)を挙げ、以下のように話す(同書に感銘を受けた小柳津氏は、日本語版の書評も担当している)。

 「この本の中で、いずれ我々の仕事はこうしたネットワーク型になるだろうと予言されていました。理論としてはわかるけど、本当にこんな世界が来るのかと当時は思っていました。それが、実際に我々の会社で実現し、明確な結果も出てきている。ああ、トマスはすごいな、本当に予言者だったんだなと思いました(笑)」(小柳津氏)

 「でも、私たちはこの有機的なコラボレーションをまだ国内でしか出来ていない」と小柳津氏。部門によってはこのネットワーク型業務を海外に広げている事業部があるため、次のステップはそこになるという。「さらにその次のステップは、このコラボレーションの輪をビジネスパートナーまで広げることです。すでにもう一部チャレンジしていて、できることがわかっています」(同氏)

今後、AIやロボットに人間が対抗できる分野はコラボレーションしかない

 近年、業務の省力化や効率化の文脈でも、AI、ロボット、コグニティブコンピューティング、RPA(Robotics Process Automation)といったテクノロジーが盛んに話題になっている。従来のプロセス型の標準化可能な業務はもちろん、思いもよらないものがAIやロボットによって置き換えられていく未来はそれほど遠いものではないだろう。小柳津氏は、「今後、人間がやらなければいけない作業領域は、ほぼコラボレーションだけに限定されていく」と予想する。

 「すでに将棋やチェス、さらにはアートまで、ありとあらゆるもののアルゴリズム化、モデル化が実現されています。しかし、機械がどうしてもうまくモデル化できないもの、それがコラボレーションなのです」(小柳津氏)

 1人の作業であれば、どんなものでもモデル化できるのに、N人とN人の関わり合いになった途端に、機械にはそれをパターン化することができない、と小柳津氏は説明する。

「現在のプロセス型業務とか、将棋レベルでパターン化できる思考作業というのは今後AIとロボットがやるとすると、おのずとコラボレーションしか人がやることは残らない。もう、好むと好まざるにかかわらず、そこしか人が生きる道がないわけです」(小柳津氏)

 そうした高度なコラボレーションは、事業部や国、会社など、あらゆる垣根を超えたネットワーク型業務でしか実現できない。そして、ネットワーク型業務を実現するためには、「いつでも」「どこでも」「誰とでも」コミュニケーションを行うための働き方改革が必要不可欠だ。10年後、20年後を生き残るための働き方と、すべての会社が直面しなければならない時が来ていると言えるだろう。