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「3つの日本一」をビジョンにベンチャー企業と共創、渋谷開発を進める東急電鉄の狙い

2017年6月30日(金)小林 秀雄(ITジャーナリスト)

1990年代後半にITベンチャーが集結し“ビットバレー”と呼ばれた東京・渋谷。その渋谷でいま「クリエイティブエンターテイメントシティ」をキーワードにした街づくりが進行している。新たな都市づくりを牽引するのは東京急行(東急)電鉄。街づくりの方向性について、同社の都市創造本部開発事業部副事業部長である太田 雅文 氏が2017年6月、「デジタルサイネージジャパン2017」(主催デジタルサイネージ ジャパン 実行委員会)の基調講演で説明した。渋谷の街作りにはITは欠かせないという。

 第3の強みは、「外国人の訪問率が高く、都市観光の拠点になっている」(太田氏)こと。和の文化を押し出す浅草などに続き、多くの観光客が渋谷を目指しているという(図3)。これら3点に加えて、「原宿や青山、代官山、恵比寿、中目黒などの人気スポットがクラスター的に渋谷を囲み“広域渋谷圏”を形成していることも特徴だ」(同)だととらえている。太田氏は、「クラスター型の都市構造をどう生かすかが、渋谷開発の重要なテーマだ」と指摘する。

図3:渋谷の強みを生かす再開発計画のイメージ(東急電鉄の中期3カ年経営計画より)図3:渋谷の強みを生かす再開発計画のイメージ(東急電鉄の中期3カ年経営計画より)
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ベンチャーのアイデアで渋谷や沿線の価値を高める

 これらの強みが街作りに、どう反映されるのか。その一端を、2017年4月に竣工した「渋谷キャスト」に見て取れる。ヒカリエの北に数百メートル離れた宮下公園の東に位置する渋谷キャストは地上16階建て。その2〜12階にはIT系やアパレルなどのクリエイティブ産業の集積を意識した大規模賃貸オフィスを配置し、1階と2階はフリーランスや企業のクリエイターが交流したり連携したりできるようにシェアオフィスを誘致した。渋谷キャストは「クリエイターのためのスペース」(太田氏)というわけだ。

 東急自身のスタートアップ企業との共創に向けては「アクセラレートプログラム」と名付けた取り組みを2015年度から始めている。同プログラムの柱は、設立から5年以内のスタートアップ企業からアイデアを募るビジネスコンテストだ。「交通」「不動産」「生活サービス」の3つの事業領域をテーマにすることで、東急沿線に暮らす人々への利便性を高めるサービスやプロダクトを見つけ出し、沿線の価値向上を図る。スタートアップ企業の持続的な成長を支えるエコシステムを渋谷に構築するという狙いもある。

 ビジネスコンテストで高評価を得たアイデアの中にはテストマーケティングを始めているものもある。その1つが、AI(人工知能)におけるディープラーニング(深層学習)を専門にするスタートアップABEJA(アベジャ)との提携。同社が持つ、カメラ映像から人の数を正確にカウントする技術を、スーパーマーケットの「東急ストア」に適用し、売場とバックヤードの動線を分析しオペレーションの改善を図っている。ABEJAの人数カウント技術は、「渋谷ハチ公前交差点にいる人の数が逐次分かるほどの精度がある」(太田氏)という。

 情報配信用タグなどを開発するアクアビットスパイラルズとも連携している。東急ストアおよび家事代行サービスなどを提供する東急ベルを対象に、ネットスーパーの利用促進や、店頭で商品を見た消費者がオンラインで購入する形態の可能性を検証するという。スタートアップ企業との、これらの取り組みは、東急沿線を日本一住みたい沿線にするというビジョン達成の一環にも位置づけられてる。

楽天が本社を構える二子玉川を“職住近接”のモデルに

 二子玉川を日本一働きたい街にするというビジョンの実現に向けては、2015年8月、IT大手の楽天が本社を二子玉川に移転したことが大きなテコになりそうだ。同社が都心部から離れた街にオフィスを構えたことは“職住近接”の動きを後押しすると期待できるからである。

 渋谷から西へ延びる田園都市線が開業したのは1922年のこと。東急電鉄の街づくりの出発点である。路線の名前になっている「田園都市」という言葉は元々、英国人のエベネザー・ハワード氏が、1898年に生み出した。環境悪化問題に直面していた当時のロンドンにあって同氏は「環境が悪化した都心を離れ、自然環境に恵まれた郊外に職場と住宅を作ろう」と提唱した。職住近接は、ハワード氏が提唱した田園都市のキーワードである。

 東急電鉄が、鉄道に沿って街を作ってきた歩みはハワードの考え方と一部は共通するものの、太田氏は「東急電鉄が作り上げたのは“沿線”という概念だ」という。つまり、職場機能は都心に残し、沿線に住む人々が鉄道を使って通勤するという、今の日本人なら違和感がないライフスタイルを作り上げてきた。鉄道事業の収入は乗客数に比例するだけに、戦後の人口の増加時代は東急電鉄も成長を遂げてきた。

 それが、楽天が本社を置く二子玉川では、一定のエリアに職場と住宅が存在するハワードの田園都市構想に近づく可能性がある。そこでは、「田園都市に働く機能を作り込むことが街づくりの方向になる」(太田氏)。ただし、暮らしの場の近くに働く場ができれば通勤時間は短くなり、鉄道事業的には収入減をもたらすことになる。しかも今後は、人口自体が減少していくだけに、乗客の輸送に頼ったビジネスは厳しい局面を迎えている。

 太田氏は「個人的な意見だが」と断ったうえで、「最終的には職住近接を目指ざすべきだろう。それが“生活の質”を高めることになる」との考えを示す。鉄道会社の沿線開発事業は、テクノロジーを活用する新しいステージを迎えているようだ。

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