デジタルトランスフォーメーションには、IT部門の中に“開発と運用を一体化した”DevOps型の業務スタイルを根付かせて、サービスの開発・改善を迅速に行うことが重要と声高に叫ばれている。しかし、日本の多くの一般企業(非IT企業)では、DevOps以前に開発内製化が進んでいないという課題がある。そこで本稿では、デジタルトランスフォーメーションを標榜する非IT企業が、どのようにIT人材を確保し、育成していけばよいのか考察してみたい。
DXで加速する非IT企業の人材不足
独自のサービスをいち早く市場に投入し、トライ&エラーの改善を積んで完成度を高めていくことが大きな競争力となる──。デジタルトランスフォーメーション(DX)時代のビジネスにおいて、開発と運用を一体化するDevOps体制は、理想的なIT組織のあり方とも言えるだろう。時には組織の再編をも伴うDevOps体制への移行は、それだけでもハードルが高いものだが、非IT企業ではDevOps以前の問題である、「開発内製化」のほうが高い障壁かもしれない。
そもそも、非IT企業にはIT人材が圧倒的に不足している。独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)が発行している『IT人材白書 2017』によれば、ユーザー企業の24.7%が(IT人材が)「大幅に不足している」と回答し、59.8%が「やや不足している」と回答しており、両者を合わせると、IT人材が不足しているユーザー企業の割合は84.5%にも上る。
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労働人口の減少により、人手不足はあらゆるところで発生している現象だが、IT人材ではその傾向がより顕著であると言ってよい。ユーザー企業においてIT人材不足を嘆く声が年々高まっている背景の一つには、DXへの潮流があると思われる。
非IT企業の場合、開発や運用を外部の専門業者に任せる、広い意味でアウトソーシングしているケースが多く、そうした企業の中には、開発者もいなければ、開発のノウハウも蓄積されていないといった現実がある。前述の「サービスをいち早く市場に投入する」という文脈で、アイデアをスピーディーに形にしたくとも、いざ足元を見つめ直すと、それを担う人材がいないという問題がにわかに露呈してきているかに映る。誤解を恐れずに言うなら“丸投げ体質”のツケが回ってきたのだ。
「内製」に重きを置いてこなかった企業であれば、そこで必要される人材を指導・教育する体制が整っていないのが一般的な姿で、新卒採用で一から育成するノウハウに乏しい。一定数の開発者・技術者を抱えている企業の場合でも、既存の人材がデータ分析やIoT、AIといったDXに必要とされるスキルに縁遠ければ再教育ということになり、さりとて彼らが担っている業務がなくなるわけでもないので悩ましい。結局、DXを担当する人材は新たに確保する必要があるという考えに行き着く。
すなわち、非IT企業における人材不足の背景には、「ユーザー企業にIT人材が少ない」という構造的な問題と、「DXに必要なスキルを備えたIT人材が少ない」というDX過渡期ならでは問題の二つがあるわけだ。
非IT企業の魅力は「サービスと一緒に成長できること」
こうした事情を踏まえると、非IT企業がDX時代に対峙する開発チームや体制を新たに整えるには、相応のスキルと経験を持つ人材をどこからか招き入れるのが現実解となるだろう。
例えば、デジタルビジネスを生業とするスタートアップ企業にいる精鋭のエンジニア。彼らはDevOpsの開発・運用スタイルに慣れており、再教育する必要がないうえ、DXでスキル以上に重要とも言われるベンチャーマインドにも期待が持てる。ある意味で理想的でもあるわけだが、その企業が伸び盛りの場合、あえて離れようとは思わないだろう。DXに必要なスキルを持つ人材は引く手あまただから、望めば得られるというわけではない。
そこで次善の策となるのは、SIerからの転職組である。規模にもよるが、大抵のSIerでは設計・開発・運用ごとに部署が分かれており、職能も細分化されている。金融系SEのように、特定業界の案件しか担当しないことも多い。細分化・専門化は効率と品質を優先した結果だが、そこで働く技術者の中には、与えられた仕事に満足していない人も結構いるものだ。
筆者は、SIerからスタートアップ企業や非IT企業に転職した開発者にインタビューしたことが何度かあるが、彼らの多くは、「自分が開発したサービスと一緒に成長できること」を転職した理由の一つとして挙げていた。SIerで顧客のシステムを開発しているだけでは、満足できなくなったというのだ。
ただし、SIerからの転職組が、すべて高いモチベーションを持っているとは限らない。中には、SIerでの過酷な労働に疲弊してしまい、非IT企業で“マネジメント側”に回りたいという意識が働いているかもしれない。中途採用するにあたっては、どんなスキルを持っているかも重要だが、それ以上にどんな自己実現の志を持っているかを見極める必要があるだろう。もちろん、採用側の企業にDXに向けたビジョンがあり、人を惹き付けるだけの魅力があることが大前提であることは言うまでもない。
新しい開発部隊をどこに配置すべきか
新規に開発チームを設立するとして、それを組織のどこに配置するかというのは、非常に難しい問題である。
既存のIT部門の中に設置することもできるが、そうすると既存の部門スタッフからの同調圧力がかかり、従来のやり方(風土、文化)を押し付ける空気が生まれないとも限らない。新しい開発チームに期待するところが、新しい開発・運用スタイルのインフルエンサーとなることであるとしても、いきなり既存組織に組み込むのはリスクが高い。人は成果を出していない新参者を認めようとはしないものだ。成果は、新サービスの立ち上げや、老朽化したシステムのモダナイズなどなんでも良い。成果を出すまでは、独立した組織として運営し、周囲からの同調圧力を排除できるように配慮すべきだろう。
一方、既存のIT部門では、業務負荷を下げる施策を行う。クラウド移行でインフラ管理を軽減したり、RPAツールの導入でルーチンワークを自動化したりなどが考えられるだろう。そうして新しいことにチャレンジする余力がある状態にしたら、開発チームに異動させてDevOpsの運用スタイルを身に付けさせる。
ひと口にDevOpsと言っても、スタッフの一人ひとりが開発と運用の両方をカバーする必要はない。開発担当と運用担当がデータを共有し、密に連携を取れる体制が築ければよいのだ。既存スタッフは、DevOpsの運用担当者として再教育するのがよいだろう。もちろん、本人が希望するなら開発者向けのトレーニングを受けさせてもよい。
非IT企業はスペシャリストよりもジェネラリストを
DXにおいては、IoTやAI、ビッグデータ分析、ソーシャル、モバイルなど、従来のエンタープライズITにはなかった新しい技術がキーテクノロジーとなる。しかし、それらのすべてに精通した人材を自前で揃えるのは困難だ。そうした人材はいまだ絶対数が少ないうえ、個々人がカバーできる範囲は限られるため、よほどの大企業でもなければ人員数的にも無理がある。
結局、外部に頼ることが何らかの形で必要になるわけだが、外部に丸投げしたのでは意味がない。外部の協力企業から技術者を出向してもらうなどして、開発は内部で行うべきだ。そうして社内スタッフが新しい技術に直接触れる機会を増やしていき、新しいことに取り組む意欲が湧くように仕向ける。
長期的には、特定領域のスペシャリストを育てることを視野に入れてもよいだろうが、まず必要なのはジェネラリストだ。どの技術を使えばどんなことができるか、その技術を取り込んで活用するためにはどこをパートナーとすべきかを判断できる人材である。
デジタル技術の進化のスピードは加速する一方であり、現在注目を集めている技術が、5年後も現役であるとは限らない。例えば、現在AIと言えばディープラーニング(深層学習)が主流だが、ディープラーニングには、学習させるために膨大なデータが必要で、演算負荷も高いという課題がある。そこで現在、AI研究の最前線では、より少ないデータと演算負荷で効率的に学習できる技術の開発が活発に行われている。
そうした先端技術の趨勢に目を光らせつつ、自社に適したものを選別できるジェネラリストを育てることが、非IT企業のIT人材育成のあり方としては妥当ではないかと思われる。