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[市場動向]

EAの本質、それは企業経営の向かうべき方向を知るための羅針盤

[後編]導入への取り組みで留意すべき4つのポイント

2020年6月25日(木)田口 潤(IT Leaders編集部)

EA(Enterprise Architecture)には具体的な姿や形がない。力を入れて取り組んだとしても情報システムのように動く何かが得られるわけでなく、最悪、取り組んだだけで終わる恐れもある。筆者はEAの専門家でもコンサルタントでもないので、そうした事態を回避する策を提示することはできないが、考察を重ねて見えてきた「EAへの取り組みで留意すべきポイント」を示してみたい。

 前編(関連記事コロナ禍が突きつけるIT課題の解決に向け、EAの取り組みを急ぐべきこれだけの理由)では、「今こそEAに取り組むべき」と書いた。しかし、実際どう取り組むかについては、十分なリサーチや検討が必要である。その第一歩として「EA:エンタープライズアーキテクチャ」の本質は何かを考えてみたい。

"アーキテクチャ"にとらわれ過ぎると見誤る

 EAという言葉には対応する適切な日本語が見当たらないが、「アーキテクチャ=建築設計や様式」から考えると、ITでは基本構造あるいは設計様式が当てはまるだろう。例えば、システムアーキテクチャや3層のWebアーキテクチャをシステムの基本構造や3層のWebシステム設計様式と言い換えることができる。

 しかし、これは実際のEAには当てはまらない。「企業の基本構造」や「企業の設計様式」とすると、意味は分かっても内容は不明になるからだ。EAの本質は「複雑化する一方の、人やプロセス、事業と業務、情報、テクノロジーなどさまざまな要素とその関係を包括的に把握する方法。特にビジネスとテクノロジーの関係を把握し、戦略に生かせるようにする点で、今日のEAは経営コンサルティングのようなもの」(米ガートナー)である。別の表現をすれば、向かうべき方向を知るための羅針盤である。いずれにしても基本構造や設計様式から感じるニュアンスとはほど遠い。

 にもかかわらず、このような方法あるいは体系をEAと呼ぶ理由は、筆者にはよく分からない。今も欧米で通用していることから考えると、アーキテクチャという言葉の深いところにAs IsとTo Beの間を結んで方向付けするといったニュアンスがあるのかもしれない。いずれにせよ、日本ではEAという言葉自体が理解しにくく、よく知らない人の誤解を招きかねないしろものである。この点に注意を払わずに「EAに取り組む」というだけでは上手く進まない可能性がある。

 ほかにもEAには落とし穴的な要素がいくつかあり、これらがリサーチや検討、注意が必要な理由だ。前編で2000年代にEAが消えてしまったことを説明したが、同じ轍を踏まないようしなければならない。この前提で、EAに取り組む際に留意すべき4つのポイントを挙げる。

①EAのフレームワークをどうするか
②EAのためのツールやIT環境をどうするか
③どの程度の未来(To Be)を想定するか
④どの部門や誰がEAをリードするか

 EAに精通したITコンサルタントなどにアドバイスを求めるのが近道だが、EAへの需要が少なかったため多くの成功・失敗体験を積んだコンサルタントも少ない。したがってコンサルタントの言を鵜呑みにするのはリスキーである。

EAフレームワークとして何を選ぶか

 まず①に関して。説明は不要かもしれないが、EAのフレームワークとは複雑でさまざまな要素が含まれるビジネスやシステム、ITを、体系的に整理して記述するための手法や表記法の集まりだ。少し調べると、TOGAF(The Open Group Architecture Framework、図1)とZachmanフレームワーク(図2)あたりがすぐ見つかる。前者は1980年代、後者は1995年に策定され、30年以上にわたって使われてきた。それだけの歴史と支持があるわけだが、使いにくさもある点に注意すべきだろう。

図1:TOGAF(出典:The Open Group)
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図2:The Zachman Framework(出典:Zachman International)
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 その1つが膨大なドキュメントや決まり事から構成され、習得や使いこなしが難しいと考えられることである。例えばTOGAF標準の書籍(日本語版)は562ページあり、習得のための教育コースは4日間かかる(費用は税別で30万円)。長年の知恵・知見の集大成なのでこの程度は当然とも思えなくはないが、自力で取り組もうとすると挫折する可能性がある。もう1つは最近のテクノロジーやビジネスとITの関係をどれだけ取り込んでいるのかという点だ。

 もちろん強化や拡張は施されており、例えばTOGAFのバージョンは現在9.2である。しかし日本IBMや武田薬品工業においてEAの実務経験を持つ増田佳正氏(カーネギーメロン大学院客員研究員)が既存のEAフレームワークを検証した結果、デジタル時代には問題があると指摘した上で、新たに「AIDAF(Adaptive Integrated Digital Architecture Framework)」を提唱する論文を公開している。

 AIDAFはビジネス要求が常に変化することや、クラウドやモバイル、ビッグデータなどのデジタル技術を前提にするもの。2019年には英語版の書籍が発行されており、増田氏によると日本語版も計画中だという。なお、だからといってTOGAFなどよりもAIDAFが今日的であり、すぐれているかどうかは分からない。

 一方、よりとっつきやすいと思えるのが、米ガートナーの「Business-Outcome-Driven EA」(図3)である(関連記事デジタル時代に改めて脚光浴びる「EA」、その理由と活用指針を米Gartnerに聞く)。すでに述べたことだが、EAの重要な役割の1つは経営層や事業責任者、現場担当者、IT責任者、IT部門など関係者が、共通認識を持てるようにする俯瞰図や見取り図であること。この点に関して言えば、TOGAFなどに比べて知名度も実績も劣るはずだが、図のような表現は誰が見ても分かりやすい(ただしこの図は膨大なドキュメントのごく一部である)。

図3:米Gartnerの「Diagnostic Tool for Identifying the Scope and Focus for EA」
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●Next:EA導入を支援するツールは存在するのか?

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EA / TOGAF / Zachmanフレームワーク / AIDAF

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