[インタビュー]

早稲田大学がデータ科学センターを起点に取り組む「全学部学生が学べるデータサイエンス」

早稲田大学 基幹理工学部 教授/データ科学センター長 松嶋敏泰氏

2021年1月22日(金)千葉 利宏(経済・産業ジャーナリスト)

早稲田大学が、2021年度から全学部・研究科の学生約5万人に向けて体系的なデータ科学教育を開始する。学習の明確な目標を示すために、データサイエンス認定制度をスタートさせるが、この分野で全学生を対象とした認定制度を導入するのは日本の大学では初めての取り組みだ。同学のデータサイエンス教育を担うデータ科学センターでセンター長を務める松嶋敏泰教授に、認定制度の狙いや効果について聞いた。

──これまで早稲田大学ではデータサイエンス教育にどのように取り組んできたのですか。

写真1:早稲田大学 基幹理工学部 応用数理学科 教授/データ科学センター 所長の松嶋敏泰氏

松嶋敏泰氏(写真1):取り組みは、本学の創設時にまでさかのぼります。大隈重信公が本学を創設する1年前の1881年に、現在の総務省統計局・統計センターの前身である統計院を設立しました。政府が施策を決定する時には、統計をしっかり取って、その事実に基づいて行い、それを実施した後、施策が効いたかどうかは統計を取って顧みます。

 そうした統計の必要性は明治時代初期には認識されていて、西洋に倣って日本の統計制度を確立したわけです。それから135年後の2017年12月に、データ科学総合研究教育センターが設立されました。2020年4月には現在のデータ科学センター(Center for Data Science)に改称しています。

早大データ科学センターの役割

 ディシジョンを行う時、データを取って事実に基づいて行うのは、大隈公の時代も今も変わりはありません。当時と何が変わったのかと言うと、今はやはりデータが大量にあり過ぎるということです。人間は知的活動を行うのに、五感でいろいろな情報を集めて判断しますが、現在はインターネットを通じて多種多様な情報を瞬時に世界中から集めることができます。人間の能力だけではディシジョンが難しくなり、コンピューターの力を借りて膨大なデータを解析して判断しなければならなくなりました。

画面1:早稲田大学データ科学センターのWebサイト
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 ご存じのとおり、世の中にはテキスト、音声、画像など多種多様なデータが膨大に存在しています。それらを解析する人工知能(AI)、統計学、機械学習などの技術も急速に発達してきました。結果、あらゆる分野でデータを使ってディシジョンしたり、理論を構築したりすることが当たり前になりました。今やデータサイエンスは、理学や工学の分野だけでなく、政治、医療、バイオ、経営、経済、スポーツなどあらゆる分野に広がっています。

 知の創造プロセスがデータ駆動型へと移行する中で、一番変わらなくてはならないのは知を創造する拠点である大学でしょう。どの分野の学生、研究者も、AIや機械学習などの研究者と一緒になって知を創造していく必要があり、その活動を支援するのがデータ科学センターの役割となります。

分野融合型でデータサイエンスを研究する

──データ科学センター設立によって期待される効果は何でしょう。

 大きく2つあります。1つは研究的な効果で、データ駆動型の研究パラダイムによって世の中のデータを使って新しい理論を創造していくこと。もう1つは分野融合型のグループ研究です。これまで経営学と医療の専門家が組んで共同研究しようとしても上手く研究が進みませんでした。ですが、データを軸に研究を行うことで、画期的な成果が生まれる可能性が出てきます。それによって「総合知」と言える新しい知の創造や、これまで解決できなかったグローバルイシュー、例えば貧困問題のような世界的な社会課題が解決することが期待できます。

 さらに教育的効果としては、これからはどんな仕事をする人も、データを使って意思決定しなければならなくなるということがあります。大隈公は、政治の意思決定はデータに基づいて行われるべきものと考えましたが、今日、ここまで技術が進歩してさまざまな分析が可能になったので、どの専門分野に対してもデータを使って問題解決できる人材を出していかなければならないと思います。

 本学の教旨である「学問の独立」「学問の活用」「模範国民の造就」。データサイエンス分野の教育と研究こそが、これからの早稲田を支えていくと考えています。

──国の取り組みとして、文部科学省がデータサイエンス教育の強化を掲げ、拠点校での教育が行われています。早大が行っている教育の特色を教えてください。

 政府がSociety 5.0、第4次産業革命を打ち出し、その流れに沿って文科省が「数理及びデータサイエンスに係る教育強化」の拠点校として、北海道大学、東京大学、滋賀大学、京都大学、大阪大学、九州大学の国立大学6校を2016年12月に指定しました。それらの拠点校は、データサイエンス教育をどの学部・学科にも展開する取り組みですが、滋賀大学だけ違って、初めてのデータサイエンス学部を設置しました。

 一方、当学がデータ科学センターを設立した目的は、専門分野ごとに学部と研究科を合わせた「学術院」という縦線の体系に横串を通すことにあります。これから時代はどんな専門分野でもデータサイエンスを使って実証しないと研究もできないし、理論も構築できない。今や政治経済の博士論文でもデータを使って分析しないと博士論文にならない状況になっています。

 本学が目指しているのは、専門性とデータを読み取る能力の両方になります。滋賀大ではスペシャリストを育成するために専門の学部を設置していますが、当学は、どの分野でもデータサイエンスの能力を身につけなければならないと考えています。

データサイエンスをだれもが学べる科目構成と認定制度

──実際に、どのようなカリキュラムで教育、認定を行っているのですか。

 2014年に基礎的な知的スキルを身に着ける基盤教育を行うグローバルエデュケーションセンター(GEC)を設置し、「アカデミック・ライティング」「英語」「数学」「情報」に加えて「データ科学」を誰もが学べるようにしています。

 科目は4分の1学期(クォーター)で履修できるようにしていて、「データ科学入門α」「同β」で半期授業となります。さらに「同γ・δ」と「同・実践」までを1年プラス1クォーターで履修すると、早ければ2年生の夏休み前までに「初級」の認定を取得できる仕組みです(図1)。

図1:データサイエンス認定制度(出典:早稲田大学)
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 次の「中級」では、専門性を生かすためのカリキュラムを組んでいます。例えば、経済学が専門の学生が回帰分析を学びたいのなら「回帰と分類のデータ科学」の授業を、心理学が専門の学生が心理分析に使う因子分析の手法を学びたければ「潜在構造のデータ科学」の授業をそれぞれ選択できます。また、マーケティングや金融工学の学生には「時系列構造のデータ科学」などを用意しており、C群の履修状況を見て「中級」の認定を授与します。

 例えば、中級向けの「統計リテラシー」は、1年間で統計検定2級レベルの内容を受講できます。文系の学生でも理解できるよう数学などを少なくしていますが、統計の専門家からもなかなかのレベルという評価を得ています。「データ科学入門」も、1年間でデータサイエンスの全容が理解できる内容になっていて、AIや機械学習に必須なプログラミング言語Pythonの学習も一緒に行っています。

 さらには、専門は経済やマーケティングだけど、データサイエンスのスペシャリストであるデータサイエンティストを目指したい学生に向けて、「上級」向けカリキュラムを2022年度以降に追加する予定です。上級の認定も、どの学部・学科からでも取得できるようにします。文科省が指定した拠点校6大学が全学生を対象に提供するデータサイエンスの教育レベルは早大の「リテラシー級」相当と認識しており、かなり高いレベルを目指しています。

──これまでの文科省の取り組みは国立大優先で、私立大は蚊帳の外に置かれていたという印象があるので、期待が高まります。

 確かに拠点校は国立大だけで、当初は私立大にはまったく声がかかりませんでした。仕方がないので、独自の考え方と自前の予算でやるしかないと決断し、1年遅れでデータ科学センターを立ち上げたのです。それから独自にカリキュラムの整備を進め、2021年度から導入する認定制度も満を持してスタートする体制が整っています。

 文科省の取り組みについてもう少し申すと、拠点校6大学の下に、協力校20校、その下に連携校を何百校と配置するピラミッド構造を構築しようとしています。2019年1月に協力校として国立大20校が選定され、やっと2020年暮れから選定が始まった連携校に私立大も参加できるようになったという経緯です。もちろん早大も連携校に参加しましたが、これまで独自に整備してきたカリキュラムを他大学にも提供していくという独自の連携も進めていく構えにあります。

●Next:フルオンデマンド授業、産官学連携など、早大独自の研究・教育施策

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