[市場動向]

DXの本質を正しく捉えるための補助線「組織的負債」に着目する

2021年7月5日(月)田口 潤(IT Leaders編集部)

「デジタルトランスフォーメーション(DX)」や「デジタル」という言葉が、今も曖昧かつ便利に使われている。以前にはIT化と称していたのをデジタル化と呼ぶし、IT企業が自らをデジタル企業やDX企業と称することも増えている。このような言葉の言い換えは物事の本質を見えなくするという点で、百害あって一利なしだ。ではどうすればよいか? DXを理解するための“補助線”を引くべきだろう。その補助線とは「組織的負債」への着目である。

それらは本当に「DX」「デジタル化」と呼べるのか?

 2018年11月に筆者は、「Digital Transformationの意味を曖昧にとらえてはいけない、その理由」という記事を書いた。しかし実態はどうかというと、今もなお「DX」「デジタル化」といった言葉が曖昧模糊としたまま、さまざまなシーンで便利に使われている。

 例えば既存システムのクラウド移行や、クラウド上でのアプリケーション構築、データモデルの整備をDXと称することがある。コロナ禍の中で進んだ承認・決裁手続きのシステム化やハンコレス/ペーパーレス化、オンラインでの業務遂行をそのように呼ぶ場合も少なくない。

 「デジタル」という言葉も同じ。官公庁や自治体関連の報告書や文献でよく見られるが、ファクスや紙ではなく、電子的に情報を処理したり共有できるようにしたりと、そんなレベルの施策を「デジタル化する」と言ったりする。例えば、「コロナ患者の入院・療養調整をデジタル化する」などという表現が典型である。

 実例として、総務省が2021年6月18日までパブリックコメントを募集した「『ポストコロナ』時代におけるデジタル活用に関する懇談会報告書(案)」の一節を見ていただきたい。以下の引用部分にあるように、IT人材をデジタル人材と、IT企業や情報サービス企業をデジタル企業と言い換えている。この種の文書において、言葉の定義を曖昧にしたまま何かを論じるのは適切なのか疑問が残るし、本質にこだわる姿勢も見られない。

一方、我が国ではDXを進めるに当たっての人材がベンダー等のデジタル企業に偏在していることもあり、企業や行政等の多くは自らのDX推進をデジタル企業に依存する傾向があるとの指摘もある。理想的には各企業や行政組織が高度なデジタル人材を確保することが望ましいが、現実的には中小企業や自治体までそのような人材が行き渡らない側面もある。そのため、現場を持つ組織では、働く人全てが各々の仕事やレベルに応じてデジタル活用による課題解決を可能とするような「デジタルコンピテンシー」を身につける方策などを講ずるとともに、高度なデジタル人材を有するデジタル企業と連携し、効果的かつ円滑にデジタル技術を実装・活用するための仕組みを構築することが必要となる。

 もちろん、ITやデジタル、あるいはDXといった言葉の詳細はどうあれ、「文意が伝われば問題ない」という考えもあるだろう。文書の作者も読者も日本人であり、英語ネイティブではない。そもそもITとデジタルの意味の違いを、説明するのは簡単ではない。細かなことにこだわらずに、IT企業をデジタル企業と呼んでおけばだれも傷つかないから文句は出ないし、何よりもデジタル化やDXと言っておくほうが、細かな説明抜きに「何となく分かった感じ」を醸し出せる──。

 DXの「X」も似たようなもの。日本語の「変革」に相当する英単語にはチェンジ(change)やリフォーム(reform)、レボリューション(revolution)、トランスフォーメーション(transformation)などさまざまある。冒頭に示したハンコレス/ペーパーレス化、あるいはオンラインワークのためのシステム整備などはリフォーム(reform)が適切に思えるが、筆者も純粋な日本人なのでそれが100%正しいとは言い切れない。

 しかし、そうであっても実施して当然の取り組みを拡大解釈して言葉の“デフレ”を招くのは、将来に禍根を残す可能性が高い。本格的かつ本質的なトランスフォーメーションに向かわないからだ。世界各国の企業が同じ状況ならまだしも特に英語圏の企業の多くは、ITとデジタルの違いやチェンジやリフォーム、トランスフォーメーションの違いを認識しているはず。とすればDXが困難な道のりであることを承知でさまざまな取り組みを行う企業(国)と、そうでない企業(国)の間に近い将来、大きな差が生まれるからである。

組織的負債─DXを正しく理解するための補助線

 ではどうするか? 結論を言えば補助線を導入するといいと思う。幾何学の問題を解く時に1本の線を加えるだけで解が見つけやすくなるが、補助とはこの1本線のことだ。これに倣って、DXを理解するための補助線として「組織的負債」という概念(言葉)を使う。この言葉については、関連記事“組織的負債”を解消する手段「DigitalOps」とは何か?ですでに言及しているが、少なくともDXよりは具体的に把握しやすいと思えるので、改めてスポットを当ててみよう。

 まず、「負債」は、借入金や買掛金、退職給付引当金、過剰な在庫などビジネスや事業遂行に制約をもたらす“マイナスの財産”を指す。借入金などがない、いわば健全経営の姿をゼロとした時のマイナスの状態である。組織的負債の場合、何に対する負債(マイナスの資産)かというと、その時代に目指すべ姿が基準になる。

 言い換えれば、組織的負債とは、現状と理想のあるべき姿とのギャップ(差)でもある。これを埋める(解消する)ためのさまざまな取り組みがデジタルトランスフォーメーション(DX)であると理解できるし、理解すればいい。当然、時間のかかる長く険しい旅路であり、理想の姿は常に変わるので、ゴールもない。そのため欧米の記事や論文では、よく「DXジャーニー(DX Journey)」と表現している(図1)。

図1:DXジャーニーの道程(出典:TM Forum「How do you prepare for your digital transformation journey?」)
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 ここで「現状と理想のギャップを埋めるだけなら、デジタルという接頭語は不要。トランスフォーメーションでよいのではないか?」という疑問が出てくるかもしれない。確かにトランスフォーメーションは時代や環境を問わず、どんな企業や国にも求められることである。しかし現在は、想像をはるかに超えるスピードでデジタル技術が進化。製品やサービス、人の生活、企業のビジネスや企業のあり方、社会などに大きな影響を及ぼしている。

 それを明示する意味で、デジタルは格好の接頭語だろう。別の表現に「VUCA」も見かける。ただし、これはVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字から来ているので接頭語にはなりにくいし、デジタル以上に馴染みにくい言葉でもある。

●Next:技術的負債より深刻な組織的負債、その中身は?

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