海外主要国に比べて周回遅れと言われる日本企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)と、日本の行政のデジタル化(行政DX)。挽回を図るべく、2021年9月に「日本のデジタル化の司令塔」を担ってデジタル庁が発足する。そんな中、DX推進の重要要素の1つであるデータ活用の取り組みに政府が本腰を入れる動きがある。それは、省庁初のデータマネジメント宣言となる、環境省データマネジメントポリシーの策定である。同省キーパーソンなどへの取材を基にその内容を細部まで確認してみたい。
いよいよ「日本全体のデジタル化の司令塔」「データオーソリティ」の役割を果たすデジタル庁発足までのカウントダウンが始まった。日本政府はデジタル化の周回遅れが露呈したウィズコロナ下でこの間もさまざまな戦略や方針を示し、行政DXが叫ばれてきた。「データ連携基盤」なるものが各所で構築され、Trusted Webやセキュアクラウドの議論も始まっている。
他方、どうも実態が見えてこなかった取り組みが、ようやく一歩を踏み出すかもしれない。DX推進の本質と言える「データ活用」への取り組みだ。2021年6月18日に「世界トップレベルのデジタル国家を目指し、それにふさわしいデジタル基盤を構築するため包括的なデータ戦略」(包括的データ戦略)が公表された。そして、同戦略に「強化する」と盛り込まれた「データマネジメント」に、先鞭をつけたのは環境省だ。
データ立省へ─環境省データマネジメントポリシーの策定
2021年3月30日、環境省は省庁で初めて「環境省データマネジメントポリシー」(以下、マネジメントポリシー)を明文化し、「データ立省」へ歩みはじめた。
①データ・エコシステムの実現
②デジタル時代のデータ品質確保
③データ活用基盤確立
④データマネジメントに係る体制・ルール確立
上記4つからなる方針の下、まずは同省が所管する全データを対象にデータマネジメントとオープンデータ化を進める。国立環境研究所などの外部団体データも今後適用範囲としていく方針だ(図1)。
拡大画像表示
コンサルティング会社に丸投げか? と筆者自身誤解したほどよく練られた内容だが、「データマネジメントポリシーはあくまで最初の一歩」と語る環境省情報化統括責任者(CIO)補佐官の若杉賢治氏、環境情報室室長補佐の松村丈彦氏を中心に、環境省が自ら書き起こしたものだ。
データマネジメントやデータ活用は一度何らかの定義やルールを決めて一丁上がりではなく、「地道にやるしかない」(若杉氏)領域だが、とかくシステムの話と混同されやすく、組織への浸透には高い壁が立ちはだかる。
環境省は省庁の中では比較的新しい組織であり、他省庁・民間企業等出身の職員も多い。そんな背景から、新しい業務手順への抵抗感が少ない、決まったことには真面目に取り組むといった組織文化が有利に働く一方、環境情報室さえ職員の半数は外部との交流人材で、「通常業務に追われて改革しようという動きが芽生えづらい」(松村氏)。壁を乗り越えるため、まずは公式憲章として「ポリシーを立ち上げて形から入り、後戻りできない環境を整える必要があった」(若杉氏)という。
「データの一元化などありえない」JDMCによる忌憚のないレビュー
“きれいなルール”をコンサルに作ってもらっても魂が入らない。若杉氏は、一般社団法人日本データマネジメント・コンソーシアム(JDMC)発足時からの支援メンバーで、JDMC運営のあり方にも携わってきた人物だ。氏の知見を生かし、「実用に耐える」=民間、「(まずは)職員がわかりやすい」=官の「いいところどり」を目指した。
データマネジメントの専門団体であるJDMCは、若杉氏の「環境省データ戦略を実現させるという強い気持ち」に応え、同団体の分科会「MDM(Master Data Management)とガバナンス研究会」メンバーを中心とした有志によるポリシー素案のレビューで環境省に協力した。レビューでは実に100件以上の「ダメ出し」を得て、その8割に対応していった。JDMCの指摘はデータマネジメントとデータガバナンスの混同が中心で、「データの一元化」という表現にもツッコミが入った(関連キーワード:JDMC)。
「『一元化などというありえない目標を立てると、できない、やらないの言い訳にされる』など、厳しいご意見を多数いただいた。それらコメントへの対応を通じデータマネジメントへの理解を一層深めていった」と若杉氏。さらに、サイバーセキュリティ・情報化審議官(当時)の松本氏ら幹部が加筆・訂正し、組織としての決定文書として外部にも公表した。
環境省が保有する価値あるデータ資産に陽の目を
オープンデータやデータ流通、標準化といった取り組みは、これまで内閣官房 情報通信技術(IT)総合戦略室、経済産業省、総務省などを中心に検討され、データセットの公開数も経産省や厚生労働省がリードしてきた(図2)。
環境省はオープンデータセット公開数こそ12省のうち5位だが、ファイル数で見ると67%がHTML、23%はPDFで、「機械処理に適したデータ」とは言えない。また経産省、農林水産省、厚労省のように「DX」と謳うわけでもない。ある意味ダークホースと言える環境省が、まだ民間でも深いレベルでの取り組みがなされているとは言いがたいデータマネジメントを宣言したのはなぜなのか。
拡大画像表示
環境省が保有するデータは、熱中症やゼロカーボン、水や大気、外来種や稀少な生きものなど多岐にわたる。民間がビジネスに活用しうるデータや子供でも興味が持てるものが少なくない。2019年4月に民間からCIO補佐官に着任した若杉氏は「国民すべて、また全地球に関わる膨大なデータを保有していながら、その資産が目に触れ活用されるための仕組みが進んでいなかった」と当時の問題意識を振り返る。
2019年6月からデジタル・ガバメント技術検討会議のデータマネジメントタスクフォース(TF)で政府情報システムに用いる標準的なデータの取り扱いに関する検討を重ねる。その過程で環境情報室は、環境省の保有データはパーソナルデータをほとんど含まないこと、また全人類をステークホルダーとする環境に関わることから、ほぼ100%一般に活用されるべきだと確信した。そしてあまねくデータが活用されるためには、データ品質の維持向上が不可欠だった(図3)。
拡大画像表示
データ活用の前線では常識だが、こうしたデータを機械処理するための前工程、データプレパレーションに費やされる時間は業務の7~8割を占めると言われている。税金で生成された行政データが有益だったとしても、活用手前のコストが積み重なれば社会の損失だ(図4)。
拡大画像表示
●Next:「システム死すともデータは死なず」─環境省はデータマネジメントの方針をどのようにポリシーに落とし込んでいったのか
会員登録(無料)が必要です
- 1
- 2
- 3
- 4
- 5
- 次へ >