[市場動向]

NICT、シリコン基板を用いた窒化物超伝導量子ビットの開発に成功、コヒーレンス時間を改善

酸化マグネシウム基板と比べて位相緩和時間が44倍に向上

2021年9月21日(火)日川 佳三(IT Leaders編集部)

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)は2021年9月21日、量子ビットのコヒーレンス時間を長くできる新技術として、シリコン基板を用いた窒化物超伝導量子ビットの開発に成功したと発表した。国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研/AIST)、名古屋大学と共同で開発した。量子ビットのコヒーレンス時間の指標となるエネルギー緩和時間(T1)と位相緩和時間(T2)の平均値は、従来の酸化マグネシウム基板上の窒化物超伝導量子ビットと比べて、T1は約32倍、T2は約44倍に向上した。

 情報通信研究機構(NICT)、産業技術総合研究所(産総研/AIST)、名古屋大学は、量子ビットのコヒーレンス時間を長くできる新技術として、シリコン基板を用いた窒化物超伝導量子ビットを開発した(図1)。

 量子ビットのコヒーレンス時間の指標となるエネルギー緩和時間(T1)と位相緩和時間(T2)の平均値は、従来の酸化マグネシウム基板上の窒化物超伝導量子ビットと比べて、T1は約32倍、T2は約44倍に向上した。

図1:シリコン基板を用いた窒化物超伝導量子ビットの概要。(a)マイクロ波共振器と量子ビットの概念図、(b)窒化物超伝導量子ビット回路の光学顕微鏡写真、(c)窒化物超伝導量子ビット(一部)の電子顕微鏡写真と素子の断面図、(d)エピタキシャル成長させた窒化物ジョセフソン接合の透過型電子顕微鏡写真(出典:国立研究開発法人情報通信研究機構、国立研究開発法人産業技術総合研究所、名古屋大学、国立研究開発法人科学技術振興機構)図1:シリコン基板を用いた窒化物超伝導量子ビットの概要。(a)マイクロ波共振器と量子ビットの概念図、(b)窒化物超伝導量子ビット回路の光学顕微鏡写真、(c)窒化物超伝導量子ビット(一部)の電子顕微鏡写真と素子の断面図、(d)エピタキシャル成長させた窒化物ジョセフソン接合の透過型電子顕微鏡写真(出典:国立研究開発法人情報通信研究機構、国立研究開発法人産業技術総合研究所、名古屋大学、国立研究開発法人科学技術振興機構)

 開発した量子ビットは、ノイズ源である非晶質の酸化物を一切含まない超伝導材料で構成する、新型の量子ビットである。超伝導体として、超伝導転移温度が16K(摂氏-257度)の窒化ニオブ(NbN)を電極材料とし、ジョセフソン接合の絶縁層に窒化アルミニウム(AlN)を使ってエピタキシャル成長させた全窒化物の素子である。

 今回、この新材料量子ビットをシリコン基板上に実現することで、平均値としてのエネルギー緩和時間(T1)が16マイクロ秒、位相緩和時間(T2)が22マイクロ秒のコヒーレンス時間が得られた。これは、従来の酸化マグネシウム基板上の窒化物超伝導量子ビットと比べてT1は約32倍、T2は約44倍に相当する。

 超伝導体として窒化ニオブを使うことで、より安定に動作する超伝導量子回路を構築できるようになる。量子演算の基本素子として、量子コンピュータや量子ノードへの貢献が期待できる。今後、回路構造や作製プロセスの最適化に取り組み、さらなるコヒーレンス時間の延伸、大規模集積化の実現に向けて研究開発を進めていく予定である。

シリコン基板上にNbN/AlN/NbNエピタキシャル接合を実現

 3者は今回の開発の背景と課題について以下を挙げている。

 量子コンピュータの動作に不可欠な量子重ね合わせ状態は、さまざまな外乱(ノイズ)によって容易に壊れてしまう。一方、超伝導量子ビットは固体素子であるため、設計自由度や集積性、拡張性にすぐれる反面、超伝導量子ビットを取り巻くノイズの影響を受けやすい。量子重ね合わせ状態の寿命であるコヒーレンス時間をいかにして延伸するかが課題である。

 超伝導量子ビットの材料は一般に、アルミニウム(Al)とアルミニウム酸化膜(AlOx)が使われる。しかし、絶縁層として多く使われる非晶質の酸化アルミニウムは、ノイズ源として懸念がある。

 NICTは、超伝導転移温度が1K(摂氏-272度)のアルミニウムおよび非晶質酸化アルミニウムに替わるものとして、16K(摂氏-257度)の超伝導転移温度を持つ窒化ニオブ(NbN)とエピタキシャル成長法で結晶化した窒化アルミニウム(AlN)絶縁膜に着目した。こうして、NbNを電極材料とし、ジョセフソン接合の絶縁層にAlNを使用した全窒化物のNbN/AlN/NbN接合を用いた超伝導量子ビットの開発を進めてきた。

 これまで、上部電極まで結晶配向がそろったNbN/AlN/NbN接合(エピタキシャル接合)を実現するためには、NbNと結晶の格子定数が比較的近い酸化マグネシウム(MgO)基板を用いる必要があった。しかし、MgOは誘電損失が大きく、MgO基板上のNbN/AlN/NbN接合を用いた超伝導量子ビットのコヒーレンス時間は、0.5マイクロ秒程度にとどまっていた。

 これに対してNICTは、MgO基盤よりも誘電損失が小さいシリコン(Si)基板上に、窒化チタン(TiN)をバッファ層として、NbN/AlN/NbNエピタキシャル接合を実現することに成功。シリコン基板上に作製したNbN/AlN/NbN接合を用いた量子ビット回路を、設計・作製・評価したのが今回の発表である。

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